研究実績の概要 |
ヒトが二つの課題を行うと、各課題を単独で行った時よりも課題成績は低下する。この現象は「二重課題干渉」と呼ばれる。我々はこれまでに、特定の認知課題を行うとその後、二重課題干渉が生じにくくなることを報告した (Kimura et a., 2021,他)。本研究では、この認知課題が二重課題干渉を抑制する効果は、どのような組み合わせの二重課題まで及ぶのか、その適応範囲の探索に挑んだ。 実験で用いる認知課題には、二重課題干渉の抑制効果がすでに報告されている「Nバック課題」を採用した。一方、認知課題の効果を評価する二重課題には「記憶の保持を要求する二重課題」と「視覚的な注意を要求する二重課題」の二種類を用意した。Nバック課題を実施する前後で、これら2種類の二重課題で生じる二重課題干渉を求めた。実験の結果、Nバック課題は「記憶の保持を要求する二重課題」に対して、二重課題干渉の抑制効果を示した。 Nバック課題は記憶の保持に関わるワーキングメモリを動員する認知課題として知られている。本研究の結果から、認知課題で動員される認知機能と、二重課題の遂行時に要求される認知機能の一致が、認知課題による二重課題干渉の抑制効果に関わる一要因であることが示唆された。 二重課題干渉の発生は時として、高齢者の転倒や交通事故に結びつく。本研究は二重課題干渉の発生を抑える新たな手段として、認知課題の適応範囲を検討した。認知課題は誰でもどこでも、安価に安全に実施できる。この汎用性の高さから認知課題は、二重課題干渉を抑制する新たな介入として、広く臨床へ普及できるかもしれない。今後は、認知課題による抑制効果をより高める方法の検討など、認知課題の具体的な運用に向けた研究を展開していく。
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