研究課題/領域番号 |
21K18337
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研究機関 | 長崎大学 |
研究代表者 |
葉柳 和則 長崎大学, 多文化社会学部, 教授 (70332856)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2024-03-31
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キーワード | スイス史 / 心性史 / 移民・難民 / 文化政策 |
研究実績の概要 |
「よそ者過剰」言説の思想的背景のひとつとなった「精神的国土防衛」の主導者、フィリップ・エッターの思想形成過程について、日本国際文化学会全国大会(7月・神戸大学)で発表し、その成果を論文にまとめ『独文学報』(38号・大阪大学ドイツ文学会)に投稿し、掲載された(11月)。この研究を通して、ナチズムとファシズムに囲繞されつつあった、1930年代にスイスにおいて、多言語・多文化国家の国民統合を成し遂げるために、軍事的・経済的・精神的(=文化的)国土防衛の必要性が強調されてていったことが明となった。それは、スイスの独立と民主主義を防衛するために、「全体主義に抗する全体主義」と評しうる、逆説的な体制を構築することを意味していた。エッターは文化政策担当閣僚として、この「精神的国土防衛」の国策化を推進した。この外敵に対する排除を基調とする文化政策は、戦後の「よそ者過剰」言説の源流であった。 マックス・フリッシュの散文テクスト『よそ者過剰 I』(1965)と『よそ者過剰 II』(1966)、およびこの2つのテクストの理解に資するフリッシュの散文を翻訳した。この作業を通して、「よそ者過剰」という概念が、19世紀末の反ユダヤ主義から、20世紀後半の外国人労働者に対する市民の反感に至る射程を持つことが再確認できた。しかし、2つの理由、(1)原著の出版社であるSuhrkamp社との版権交渉が難航したこと、および、(2)『よそ者過剰 I・II』の背景にある「スイス固有の文脈」を理解するためには、膨大な訳注と論考が必要であったことのため、2022年度中の出版は断念せざるをえなかった。しかし、2023年3月に版権の問題が解決したため、出版社(鳥影社)と交渉し、2023年度中には出版の見込みである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
学会発表、発表成果の論文化に関しては、初期の成果を収めることができた。2022年9月に行った資料調査も順調であった。しかし、【研究実績の概要】に記したように、フリッシュの『よそ者過剰 I』(1965)と『よそ者過剰 II』(1966)の翻訳出版に関しては、2023年度に持ち越した。しかし、出版が中止になった訳ではなく、原著の出版社、翻訳の出版社、双方との交渉は完了しており、出版の実現の見通しは立っている。そおため「おおむね順調に進展している」と自己判断できる。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度は引き続き、学会発表、論文執筆、資料調査を行い、さらに『よそ者過剰』の翻訳を上梓する。学会発表は、国際シンポジウムINTERFACEing 2023においてドイツ語で行い、その成果は学術誌INTERFACEに英語で投稿する予定である。『よそ者過剰』の翻訳については、訳文、注、論考は一通りできているため、訳文のチェック、注のファクトチェックを行いつつ、スイスで実施する秋の資料調査の際に、使用する写真の著作権処理を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究代表者の基礎疾患のため、コロナウイルスの感染状況を確認しながら調査計画を立てたため、スイスでの資料調査が、予定よりも短期間となった。また、『よそ者過剰 』の翻訳が延期になったことから、成果発表のために予定していた予算を2023年度に持ち越さざるをえなかった。2023年度は、十分な時間を取ってスイスでの資料調査を完了し、『よそ者過剰 』の翻訳も上梓の予定であるため、旅費と版組・著作権処理で予算を使用する予定である。
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