白内障手術として最も普及している術式である超音波乳化吸引術は、白濁した水晶体を超音波により破砕しながら吸引し、人工の眼内レンズと置換する方法である。この時、眼球内の圧力保持のため噴出される灌流液により、水晶体の破片が眼球前房内を飛散すると言われている。飛散した水晶体片は角膜に衝突し、細胞を傷つけ、細胞数を低下させる恐れがある。細胞の減少は重篤な術後症に繋がるため、水晶体片と角膜内皮との接触の事実を検証する必要がある。そこで本研究では、超音波乳化吸引術施術中の前房内における水晶体片の運動を捉えると共に、水晶体片衝突に伴う角膜内皮細胞の損傷過程を明らかにすることを目的とし、実験を行った。豚から摘出した眼球に対して眼科医が施術し、前房内を飛散する水晶体片の挙動を高速度カメラにより撮影した。吸引流量や灌流圧力などは実際の手術時の設定と同様とした。水晶体片の三次元位置を算出した所、手術中に水晶体片が角膜内皮と衝突している可能性が示唆された。また、水晶体片の速度を算出した所、約100[mm/s]で前房内を飛散し、角膜内皮に接触する可能性があることが分かった。水晶体片の衝突が角膜内皮細胞に与える影響を調べるため、豚眼から摘出された角膜内皮に水晶体片を衝突させ、角膜内皮細胞をスペキュラーマイクロスコープで実時間観察した。水晶体片の衝突に伴って細胞が剥離する様子が観察された。剥離率の最大値は噴出口流速150[mm/s]、暴露時間10分間の条件において8%であった。水晶体片の無い場合に比べて有る場合のほうがより多くの細胞が剥離することが確認された。
|