我々は、AOM/DSS誘発性大腸炎-発癌モデルを用いた解析から、大腸炎を起 こした腸の上皮細胞では、DNA損傷刺激によるp53の活性化によってCDK抑制因子p21の発現は誘導されるものの、核内の蓄積が阻害されて細胞周期の進行が起こっていることを見いだした。この結果から、炎症が起きている組織ではp53-p21による癌化の抑制機構が働いていない可能性が示唆された。そこで、p21欠損マウスでのAOM投与のみでの発癌を調べた結果、野生型マウスでは全く大腸腫瘍の発生はみられないのに対して、p21欠損マウスでは明らかな腫瘍発生が観察された。このことは、p21の欠損が炎症反応を補完していると考えられる。そこで、炎症反応のいかなるシグナルがこの現象を引き起こすかを調べた結果、抗生剤によって腸内細菌叢を抑制するとDSS誘発炎症でのp53-p21による細胞増殖抑制の阻害が起らないことを見いだした。従って、細菌による刺激、特にTLRを介したシグナルがこの現象を引き起こすのではないかと考え、研究を進めている。同時に、炎症性サイトカインIL-6がStat3によるMEP50の転写誘導を介してMEP50/PRMT5メチル化酵素複合体を活性化し、この複合体が転写因子Gli1をメチル化して活性化すること、PRMT5を介したGli1の活性化が細胞の癌化に重要であることを見いだしている。このことは炎症から癌化を誘発する機構の一つではないかと考えている。更に、Stat3が解糖系の酵素の発現を誘導して、細胞の解糖系の亢進を誘導すると共に、ミトコンドリアでの呼吸を抑制することも見いだしており、炎症反応が細胞の増殖と代謝の変化を誘導することで癌化を誘導していることを見いだしている。今後は、これらの機構がいかにしてマウス個体の癌発生へ結びつくのかを明らかにすることを目的に研究を進めていく。
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