3年間の研究計画の最終年度として、これまでに実績の上に立ち、新しい近代文学史の構想に資する視点の明確化を試みた。特に留意したのが、時間軸に立った視点(幕末から近代の成熟と矛盾を示す明治末期との相関)、空間軸に立った視点(東京・京都・足尾鉱毒地への地理的展開)をからませた総合的な分析である。 今年度の中心に置いた一つが、早稲田大学文学学術院所蔵の「木下尚江資料」の解析による研究で、資料の整理・翻刻・研究を通して、文学史に特異な位置を占める木下尚江の営為を論じつつ、特に足尾鉱毒問題で活躍した田中正造との関わりに焦点を当てた。未発表の正造書簡を紹介しつつ、明治末期の気象・自然変容が風景に与えた影響を辿り、鉱毒問題を「風景表象」の内実から捉えなおす試みを始めた。この作業は、今後も資料整理・公開を進めつつ、深めていきたいと思っている。 もう一つの中心が、日露戦後の東京の大きな変貌の中で、「風景」がどう文学者の感受性に影響を与えたかを、具体的な作品を通して分析する試みで、森鴎外『青年』と木下杢太郎『南蛮寺門前』の2作を対象に、作品分析の論文を発表した。前者においては、東京の起伏に富む空間構成が、後者においては、文学・美術・音楽の相関が大切であることを論証できたと思う。 その他の論文においては、京都の空間構成を多角的に分析、東京との差異を明らかにできた点、藤村『夜明け前』の幕末の「風景」表象を補助線にした「近代」の再吟味の試みができた点が成果であり、今年度中に実地調査を済ませた、京都の「路地」の問題や近郊の「風景」(近松秋江)、及び岡山・勝山における「風景」体験(永井荷風)についても、近く論文化して成果を発信する予定にしている。
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