平成23年度は、18世紀ドイツにおける文学の公共性が実際にどのようにして成立していったかという問題について、とくに小説と演劇の文学ジャンルにおいて具体的な作家や作品をもとにして、その背景や創作および流通や受容の状況と関連させながら、文学的公共性の具体的状況を調査した。 小説ではゲーテの『若きウェルテルの悩み』を一つの代表的事例として検討したが、その背景にはゲラートの小説『スウェーデンのG伯爵夫人の生涯』の成功に見られるような感傷主義の流行やスターンの『感傷旅行』やゴールドスミスの『ウェイクフィールドの牧師』のようなイギリスのセンチメンタリズムの流入があり、それによってすでに文学による感情の共有という公共性の土壌が熟成していたことが明らかになった。しかし、『ウェルテル』はまた、当時台頭しつつあった市民階級の社会的意識と新しい恋愛感情を含んでいた点も見逃すことはできず、それによって人間の感情の解放や社会変革といった公共的機能も果たしていたように思われる。 演劇のジャンルに関してはとくにシラーの『群盗』を事例として考察し、その成功の背景として、シュトゥルム・ウント・ドラング的な感情の解放や社会変革といった部分の他に、当時すでに流行していた家族劇の影響が非常に大きかったことがわかった。『群盗』はいわば家父長制的な家族の崩壊を一つの大きなテーマとしており、その問題意識は家族の情愛という感情とともに当時の観客に共有されていたものであった。また当時の劇場はそのような感情の共有の場としての一種の公共的施設としての性格も持っていたのである。
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