本研究では、主に平安宮を対象とする宮廷で用いられていた建築・調度・服飾などの物質文化を対象とし、実物資料・文献史料・行事用例などの見地から調査を行なった。東京国立博物館(東博)蔵品を中心とする京都御所および公家関係の宮廷工芸とともに、装束裂集『九重の紅葉』などの標本の調査を行ない、実物資料のデータを採集した。宮廷工芸は宮廷という特殊空間において伝統的作法によって用いられたもので、その用例などは容易に理解し難いが、東博蔵『旧儀式図画帖』や宮内庁蔵『公事録』などの文献史料を検証しながら実態の把握に努めた。さらには東博蔵『春日権現験記絵』(冷泉為恭模本)などの公家階層の生活空間を描いた資料や、葵祭などの宮廷礼法を継承する行事の調査を行なうなど、多角的な調査を通じて、観念的でない実際的な分類体系を構築する基礎データを整えた。 宮廷工芸は公家階層が独特の規定や慣習に基づいて伝統的な形式を保持しながら用いてきたもので、その形式や用例については日本史的な見地からは公家階層的特徴が、東アジア史的な見地からは日本的特徴が、世界史的な見地からは東アジア的特徴が認められる。本研究では、日本の宮廷工芸の規格となる有職という宮廷礼法の知識体系が、古代中国において発達して東アジア地域に普及した礼制と密接な関係性をもつことを確認した。そして、1:礼制は儒教的秩序理念を具現するために、宮廷工芸の様式を形成する重要な役割を果たした。2:日本・中国・韓国・ベトナム・琉球の宮廷工芸には、礼制に基づく共通規格とともに、各宮廷の背景文化が反映した相異特色が見出される。の2点を東アジア宮廷工芸における理論体系として考え、東アジアの実情をふまえた物質文化研究を構築する準備を整えた。
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