近世の絵図面や近現代の設計図面類や錦絵には、緑青の銅成分による緑青焼けや鉛を含む朱墨の黒ずみ、没食子インクの鉄成分によるインク焼け(インク・コロージオン)など、保管しておくだけでは経年劣化が進み支持体である紙そのものに腐食劣化が進行してくるものが多くある。これらは顔料や記録素材に含まれる金属成分の酸化による腐食現象である。本研究では、近世後期から明治以降の図面資料に使われている顔料や記録素材の伝播や開発の歴史的経緯を検証するとともに、その劣化のメカニズムを解析し、劣化を予防する方法、またすでに劣化している資料の強化処置方法について研究を進め、その安全な実用化を図ることを目的として進めた。 研究の手法としては、まずは絵図面、設計図面、錦絵等の劣化損傷状態および素材調査を行うためのフォーマットを作成し、結果を比較検討するシステムを考案した。具体的には緑青の茶変色、朱墨の黒化、緑色水彩画の茶変色、ベンガラの茶変色、没食子インクの茶変色などの劣化の傾向を確認した。このような変色・劣化した顔料の無機成分については蛍光X線分析装置による成分分析を行った。これらの劣化の傾向には、顔料そのものの劣化だけでなく、下地となる紙の種類によっても劣化の度合いが変化しているようである。また、本研究内では到達できなかったが、紙の加工過程で添加される物質、たとえばにじみ止め薬品の成分などとの相互影響も検討する必要がでてきた。さらに、銅成分の劣化による緑青焼けと鉄成分の劣化によるインク焼けについては、過去の修復による加水の影響による劣化の促進も傾向としては把握できた。従来の裏打ちによる強化は水分の介入が将来的な劣化を促進する懸念がある。インク焼けについては抗酸化処理としてのフィチン酸カルシウム溶液の効果は確認できるが、今後より長期的に安全な保存処理方法を検討する必要性もでてきた。
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