研究課題/領域番号 |
22530175
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
松村 敏弘 東京大学, 社会科学研究所, 教授 (70263324)
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研究期間 (年度) |
2010-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 相対利潤 / 相対評価 / 競争度 / カルテル / 研究開発 / 混合寡占 / 製品差別化 / 競争政策 |
研究概要 |
相対利潤最大化アプローチに基づいて、研究開発投資の問題に取り組んだ。Brander and Spencer (1983)タイプのモデル(同質財、数量競争、複占の2段階戦略的コミットメントゲーム)に相対利潤アプローチを導入し、相対利潤のウェートと均衡研究開発投資量の関係を分析した。その結果、このウェートと均衡投資量の間に非単調の関係があること、具体的にはこの係数が非常に小さいときと大きいときに投資量が大きくなり、中間の値では小さくなることが明らかになった。この結果は、ねたみが激しい社会でも逆に相互の利益を尊重する社会でも投資量が大きくなることを示している。また競争度の指標と解釈すると、この結果は激しい競争社会でも逆に協調的な社会でも研究開発投資が進むことを示している。どちらの面からも従来の研究では知られていない新しい発見となった。 また相対利潤アプローチをカルテルの問題に適用し、この指数とカルテルの安定性の間に単調な関係があること、ねたみが激しいほど単調にカルテルが不安定になることを明らかにした。この結果は相対利潤を使って市場の競争度を測るアプローチが、カルテルの可能性を考えても有用であることを明らかにしている。 更に、相対利潤アプローチを混合寡占、製品差別化モデル、既存企業のLeadershipと競争政策などの問題に適用する基礎となる、通常の競争モデルの性質を明らかにする研究にも取り組み、これに関する多くの学術論文を公刊した。特に、非利潤最大化アプローチの典型例として混合寡占の問題に引き続き取り組み、目的関数の違いが戦略変数の選択に影響を与えること、具体的には数量競争ではなく価格競争が企業によって選択されることを明らかにした。また、これを踏まえ価格競争モデルにおける混合市場の基本的な性質を明らかにする論文等を公刊した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
この研究プロジェクトの大きな目的であった相対利潤アプローチを用いた研究開発投資競争モデルの分析も完成し、市場の競争度と研究開発投資の間に非単調の関係があることを明らかにし、学術論文として公刊できた。競争が激しい市場でも、協調的で競争のないな市場でも研究開発は進むという結果は、従来の「競争こそが研究開発の原動力である」、「独占力が研究開発を促進する」という対立する2つの有力な市場観を、単一のモデルで統一的に説明する重要な結果である。また相対利潤アプローチの有用性を示す意味でも重要な成果と言える。 相対利潤アプローチを用いて、カルテルの安定性と目的関数のパラメータとの関係を明らかにすることは、相対利潤アプローチがカルテルの可能性を考えた上でも競争度を扱うモデルとして適切か否かという観点から極めて重要なポイントで、この問題について明確な結論を出し、学術論文として公刊できた。この2点は研究の大きな目標であり、研究は順調に進んでいる。 混合寡占市場において相対利潤アプローチを導入する課題、製品差別化等と相対利潤の関係を明らかにする研究、相対利潤と参入規制との関係を明らかにする研究など、まだ明らかにすべき問題は残っている。しかし、これらの問題に関しても、分析の出発点となる、これらの分野の標準的なモデルの基本的性質を明らかにすることは、相対利潤アプローチの結果と比較するためにも重要で、この観点から精力的に研究を進め、既に多くの研究成果をあげている。平成24年度だけでWeb of Science(Social Science Citation Index)ベースで12本、過去3年間では25本もの学術論文を国際的な学術雑誌に公刊しており、当初の想定を遙かに上回るペースで業績をあげている。この過程で、混合寡占市場において価格戦略が支配戦略になることを示すなど新しい結果を数多く明らかにした。
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今後の研究の推進方策 |
混合寡占市場において相対利潤アプローチを導入し、民営化政策の有効性と市場における競争度の関係を明らかにする研究はこの研究プロジェクトの大きな課題であり、この研究に精力的に取り組む。そのためにも混合市場の性質を明らかにすることは重要で、引き続きこの研究にまず取り組む。 また、既に解決した2つの問題に取り組む過程で、今までの自分のアプローチに大きな限界があることを認識した。それはどちらの問題にも、対称的な目的関数を用いてきた点である。2企業がどちらも同程度にライバルの利潤を気にする相対利潤アプローチと異なり、混合寡占の標準的なモデルでは公企業と私企業では目的関数が違うと仮定されていた。相対利潤アプローチを混合寡占に適用しようとするとこの2つの関係が不明瞭になり、モデルが極めてわかりにくくなり、また結果の解釈も難しくなる。この問題を突破するため、遠回りではあるが、混合寡占モデルの結果が、目的関数の非対称性から来ているのか、目的関数の非利潤最大化と言う性質から出てきているのかという基礎的な問題に設定し直して分析することを試みる。具体的には、公企業私企業という所有者の違いとして問題を定式化するのではなく、企業の社会的責任から目的関数が利潤最大化ではなくなると定式化し、このアプローチで混合市場の問題を再検討する。これに成功すれば非利潤最大化の目的関数と目的関数の非対称性が複雑に入り組む前述の問題を明確に切り分けて、直観的に的に理解しやすい分析が可能になるかもしれない。従ってこのアプローチに挑戦する。更に最終的には、利潤最大化アプローチも非対称の目的関数を扱えるように拡張し、既に明らかにした結果も含めて再検討する。 逆に非対称の目的関数を扱うことによって、目的関数のパラメータと市場の競争度の関係が不明確になる。競争度を如何に測るかと言う原点に立ち戻って研究を再構成する。
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