研究概要 |
気体運動論の基礎方程式であるボルツマン方程式は,時刻t,空間の位置xで,速度vを持つ気体粒子の密度分布f(t,x,v)を未知関数とする微分積分方程式であり,物理的に重要なモデルではその衝突積分項の核が粒子の衝突角度を変数として特異性を持つ.従来の多くの研究は特異性をもつ部分を取り去った条件(切断近似条件)の下で議論されてきた.一方,積分核が特異性をもつ場合には衝突積分項は速度変数に関してラプラス作用素の分数べきと等価な擬微分作用素的な振る舞いをし,ボルツマン方程式は空間一様な(空間変数xによらない)場合,あるいは空間非一様な場合,それぞれに応じて,その解に対して熱方程式,あるいはコルモゴロフ方程式におけるような解の平滑効果(smoothing effect)が適当な条件下でおこる.本年度の研究において空間一様なボルツマン方程式の弱解に対する平滑効果についてほぼ最終的な結果を得た.平滑効果に関する定理は,衝突積分核が粒子間の相対速度について特異性をもつ場合も考慮したもので,Villaniが1998年に与えた質量保存,エネルギー保存,エントロピー有界な弱解は定理の仮定をみたしている.一方,速度空間の1点に与えたデルタ関数はボルツマン方程式の定常解で,一般に(エントロピー非有界な)超関数まで初期値を広げると解の平滑効果は期待できない.しかし,同一平面上にない4点にデルタ関数を配した初期値については,解は任意の時刻t>0で無限回微分可能であることをマクスウェル型と呼ばれる積分核が粒子の相対速度によらない簡単な場合に示すことができた.この結果の証明には弱解の一意性が鍵となっている.ボルツマン方程式の弱解の一意性は困難な問題の一つで,空間一様なマクスウェル型の場合のみ既知な結果である.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
衝突積分項の積分核を切断近似しないボルツマン方程式に対し,解の正則化(滑らかさ)理論と存在理論を得ることに成功した.解の正則性に関しては,空間一様な(空間変数xによらない)場合は,Villani解と呼ばれる弱解についてその平滑効果を示し,また,空間非一様な場合は,ある程度の微分可能性をみたす古典解は適当な条件(例えば真空状態でない場合)の下で無限回微分可能であることを示した.さらに空間非一様な場合に全く未知であった古典解の存在に関して,平衡解(マクスウェル関数)の摂動として時間大域解を与え,また,広範な初期値に対する時間局所解の存在を明らかにした.
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今後の研究の推進方策 |
切断近似しないボルツマン方程式に対する解の存在理論と正則化理論を進展させるには,弱解の存在空間,一意性の成立条件などの臨界を検討することが重要である.これには衝突積分項から定義される衝突積分作用素の上からと下からの最良な評価を求めることが要請されており,2乗可積分関数空間を主として用いた従来の評価に加えて,Toscani-Villani,Cannone-Karch等によるフーリエ像の原点における接触オーダーを尺度とする評価など違った尺度からの解析を進める.また,積分核がマクスウェル型の場合には衝突積分作用素の平衡解の周りでの線形化作用素が擬微分作用素と特殊関数を用いて計算可能であり,線形化作用素の固有関数から非線形衝突積分作用素の最良評価の予想も可能である.
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