Srcは代表的ながん原遺伝子産物およびチロシンキナーゼであり、細胞の分化・増殖・がん化などを司るシグナル伝達において必須の存在である。これまでの研究で、c-Srcの活性を負に制御するCskを欠損したマウス線維芽細胞が正常細胞型Srcによってがん化することを明らかにし、この系を活用してSrcによるがん化の詳細な分子メカニズムを再考している。本研究では、Srcのがんにおける制御破綻・がん形質発現シグナルの伝達機構を、細胞膜ミクロドメイン「ラフト」及びマイクロRNAという新たな観点から解析し、その詳細を解明することを目的としている。今年度は、昨年度に見出したがん形質に伴うラフトの主成分であるコレステロールやスフィンゴ脂質の組成の変化を元に、それらの合成や代謝に関わる遺伝子の発現変動や薬剤処理によりラフト領域の量的・質的変化を誘導することでがん形質が制御されることを見出した。一方、Srcによるがん形質に伴って発現が減少するマイクロRNAのうち、mR-542-3pがSrcによるがん化やヌードマウスにおける腫瘍形成を顕著に抑制することを見出した。さらにmR-542-3pによる細胞の形態変化に着目し作用メカニズムを解析した結果、miR-542-3pはインテグリン結合キナーゼILK遺伝子の発現を制御することでがん悪性化シグナルを抑制し、細胞接着斑の形成の破綻を引き起こすことでがん細胞の基質への接着や浸潤能などがん悪性化を抑制することを明らかとした。またSrcの活性が高いことで知られるヒト大腸がん細胞や組織についてmiR-542-3pの発現を調べたところ、悪性度の高いがん細胞でmiR-542-3pの顕著な発現低下とILKの発現亢進が認められた。これらの研究により、Srcによるがん形質発現における新たなシグナルのリンクを明らかにすることができた。
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