近世初期において、スピノザは毀誉褒貶の対象であった。18世紀中葉から、徐々にスピノザの再評価が始まった。 メンデルスゾーンはスピノザを客観的に理解しようとした最初の人物である。メンデルスゾーンはスピノザの哲学をそのままの形で受容したわけではない。メンデルスゾーンはスピノザの哲学に修正を加えており、このようなスピノザ解釈の態度はドイツ観念論の若き哲学者たちにも共有されていた。彼らとは対照的に、まずヤコービは、スピノザの哲学を完全に我がものとした。この点については、今回の科研費で招聘したザントカウレン教授が明確に指摘した通りである。ザントカウレンは次のように述べている。ヤコービはスピノザの内在的形而上学を完全に首尾一貫した合理主義の哲学として受け取った。しかし、ヤコービは人間の自由に関して確信を得るために、そこから跳躍しようとした。ヤコービの信仰概念は歴史的宗教の信仰とは異なり、人間の生活世界における行為の経験を指している。メンデルスゾーンは信仰という言葉を使用することを避けていたが、ヤコービの信仰とメンデルスゾーンのコモン・センスには共通点がある。
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