本年度はまず,長崎方言の複合語調査を行った。これまで当該方言の複合語の音調は前部要素の長さと型によって決まると言われてきた。ところが,この一般化は複合名詞においては成り立つが複合動詞においては成り立たないことが明らかになった。また,前部要素を名詞,後部要素を動詞にした複合語の場合には,型の数の分布の点において,複合名詞と複合動詞の中間的な振る舞いをすることが明らかになった。 次に,天草深海方言のアクセントデータを整理した。その結果,天草深海方言では従来の報告と異なり,A型(下降型)と思わしき単語において複合語では語境界,外来語では後ろから数えて3モーラ目前後において下降が見られた。ただし,本データベースは量,質の点でまだ十分なものではないため,一般へ公開するために調査を継続的に行う必要がある。 そして,これまで長崎市において行った調査の成果をまとめ,受容モデルの検討を行った。その結果,外来語で提案された標準語のアクセント位置の影響を受けるという受容モデルが複合語においても一部適用できる見込みが立った。そして,この成果を書籍として出版するための準備を行った。書籍は外来語,漢語,複合語,アルファベット関連語彙などについて年度内の刊行には至らなかった,国内の出版社より2013年度内に刊行することで合意を得た。 これらに加え,分節音における受容の実態として,有声促音の音声実現について調査を行った。東京方言の有声促音は音韻的には語種が外来語に限られ,音声的には半無声として実現すると言われてきた。一方,長崎方言や天草方言では和語や漢語にも有声促音が見られる。しかし,これらの方言での有声促音の音声的な実態は不明であった。そこで両方言の有声促音について音響分析を行ったところ,天草方言では音声的にも有声で現れた。これは有声促音の音声実現では標準語の受容が見られなかったことを示唆している。
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