アスペルガー症候群患者は、同年齢の健常者と同等な知能を有していながら、重篤な社会的コミュニケーション能力の障害を呈する。アスペルガー症候群患者における社会的コミュニケーション能力障害の病態に関する研究は数多い。しかし、その研究のほとんどは、児童期~青年期前期の発達途上のアスペルガー症候群患者を対象としており、成人アスペルガー症候群患者の表情・音声認知能力に関しては、未だ不明な点が多いのが現状である。そこで、成人アスペルガー症候群患者における、閾値上および閾値下呈示された社会的コミュニケーション情報認知能力を、行動実験及び非侵襲的脳機能計測により検証することを目的として本研究を実施した。 本年度は、視覚的に呈示された社会的コミュニケーション情報認知能力を検証するため、a)行動課題による表情認知能力計測及びb)閾値下呈示された表情刺激に対する事象関連電位(ERP)計測を実施した。実験a)では、モーフィング技術を用いて作成した中間的な感情強度をもつ表情・音声刺激に対する感情カテゴリー判断課題成績を、成人アスペルガー症候群患者と健常統制群間で比較した。呈示した表情・音声刺激に含まれる感情カテゴリーは、喜び、怒り、悲しみの3種類であった。また、表情は画像の上下を反転させた倒立条件と、通常の向きの正立条件の2条件で呈示した。実験の結果、喜び、怒りの表情認識においては、有意な群間差は見出されなかったが、画像倒立による悲しみ表情の認識成績の低下が、対照群に比べ疾患群で有意に小さかった。一方、実験b)では、感情カテゴリーが長潜時のERP成分に与える影響が両群で異なる傾向にあった。これらの結果は、閾値上・閾値下呈示された表情刺激の認識において、成人アスペルガー症候群患者が健常者とは異なる認知方略を用いている可能性を示唆している。
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