研究課題/領域番号 |
22H00299
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研究機関 | 横浜国立大学 |
研究代表者 |
馬場 俊彦 横浜国立大学, 大学院工学研究院, 教授 (50202271)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | シリコンフォトニクス / ライダ / スローライト / フォトニック結晶 |
研究実績の概要 |
本研究では独自に開発しているシリコンフォトニクス技術をベースとした光集積型ライダ(LiDAR)センサの高性能化を目指している.特に,フォトニック結晶導波路に発生するスローライトの大きな導波路分散を回折格子によって角度分散に変換し,空間ビームとして放射させる.これにより,わずかな波長掃引や熱光学効果により,大きなビームスキャン角度を実現している.また,距離だけでなく速度や振動も観測でき,環境光があっても安定性が高い,周波数変調連続波方式の測距法を採用している.この方式は送受信光とローカル光のミキシングやバランス検出が必要になるが,それらを全て集積することで,コンパクトなチップを実現している.このように魅力的なデバイスであるが,これまではオンチップ損失が大きいことが問題となっていた.これを解決するのは,単純に損失を低減するか,入力光パワーを増大させることが考えられる.損失の低減に関して,最大の課題は,スローライト回折格子の下方放射である.回折格子を刻んだ導波路は,上方に光を放射するが,同時に下方にも放射する.これは送信時だけでなく,受信時にも損失となり,合計で6dBにもなる.そこで本年度は,フォトニック結晶導波路の孔径を変調する貫通孔回折格子と表面の回折格子を組み合わせることを検討した.そしてこれらの放射の位相がずれることを利用し,下方放射が抑制できることを発見した.これにより,上方に最大で95%の選択的な放射が可能になり,損失が1dB以下に抑制できる見通しを得た.一方で,入射パワーを増大させる件については,シリコンの二光子吸収による損傷が大きな障害となっていた.そこで,光の入射を補助するスポットサイズ変換器の周辺のみ,二光子吸収が起こらないSiN導波路により製作することを検討し,その製作を開始した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
スローライト回折格子の下方放射を,貫通孔回折格子と表面回折格子の組み合わせで相殺できるというのは新しい発見であり,LiDARの高性能化に大きく貢献するものと考えられる.実際,実験においてもこれまでのスローライト回折格子の約2倍の出射パワーが確認され,本構造の有効性が証明された.また,これにより,当初は計画していなかった光ファイバの高効率な結合に関しても,専用の回折格子結合器を設計した.通常は結合率が40%以下のものが,この結合器を使えば86%まで高められ,本研究だけでなく,シリコンフォトニクス全般にとって大きなインパクトになると考えている.これらは全て,大規模な光伝搬シミュレーションと進化計算を用いた最適化の結果,得られたものである.近年,こういった最適化技術は大きな進歩を遂げているが,本研究はいち早くこれを大規模に取り入れており,研究のやり方を大きく変革している.今後,スローライト回折格子だけでなく,光スイッチなど,必要となる重要な部品に対して,高性能と高い歩留まりを両立できる構造探索に活用できると思われる.また,SiNを導入するスポットサイズ変換器には,いままでのSiの二光子吸収で100mW程度に制約されていた入力パワーを1W以上に引き上げることが可能になると予想されるため,これを試す予備的なチップを設計し,製作を開始した.しかし製造装置の故障が発生したために製作が遅れ,完成が令和5年度にずれ込んだ.ただし令和5年度に完成したチップについては,実際に1Wを超えるハイパワーでも損傷が起こらないことが確認され,オンチップ損失を補償することが可能な見通しを得た.またこれを用いることで,波長多重でハイパワーを利用できることが明らかになり,並列動作によってスループットを高めることができる見通しが得られた.
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今後の研究の推進方策 |
今後は上方放射効率が高いスローライト回折格子を組み込んだLiDARチップを製作し,その動作を検証する.また,ここでは,これまでのチップのスポットサイズ変換器の改良を行う.これまではスポットサイズ変換器の両脇に溝を形成して横方向光閉じ込めを強化していた.しかしこれが機械的な不安定性を生み,光ファイバをUV硬化樹脂によって固定したとき,入射パワーを10mW以上に上げてわずかでも熱的ストレスを掛けると,結合効率が大きく劣化するという問題があった.機械的な不安定性を解消できれば,少なくとも光パワーの上限が,二光子吸収で制限される100mWまで高められ,従来よりも10dBだけLiDARの感度を高めることができると期待している.また,スポットサイズ変換器にSiNを用いるのは,予備実験が完全に完了してからであるが,それが順調に終了したら,SiNの導入も進め,さらに10dBの感度向上を狙う.もう一つ,従来から,光パワーを上げると,原因不明の背景ノイズが測距信号スペクトルに発生するという問題があった.これは周波数変調光を外部変調器によって生成する際に起こっていると考えており,この解決策としてバランス検出を考えている.バランス検出はこのような光源由来のノイズを除去できるが,本LiDARチップには,内部に反射光があると思われ,これが検出側に混入し,しかも周波数が連続的に変化すると,バランス検出による除去が不十分になることが予想された.そこで周波数の変化があってもバランスが失われない新しい光配線のレイアウトを考案し,これを新しいLiDARチップに組み込む.これらを総動員すれば,大幅なセンサ感度の向上が見込まれ,これを確認したい.
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