研究課題
本研究は、がんの新規治療標的として期待されている必須アミノ酸トランスポーターLAT1と、血管新生因子VEGF-Aが腫瘍血管新生において協働する分子機構を解明し、両者に対する阻害薬の併用によって、血管新生阻害作用の増強に依拠した高い抗腫瘍効果の実現を試みるものである。新たな血管新生阻害療法にもつながる併用効果について、その基盤となる分子機序の確立を目指す。研究初年度にあたる令和4年度は、VEGF-A刺激による血管内皮細胞LAT1の発現誘導の機序について、ヒト臍帯静脈内皮細胞HUVECを用いたin vitro解析を実施した。種々の阻害薬を用いた検討の結果、VEGF-A刺激依存的な血管内皮細胞LAT1の発現誘導に寄与するシグナル伝達経路を見出した。詳細については今後さらなる検証が必要であるが、血管内皮細胞のLAT1の発現制御において、VEGF-Aが果たす役割とその分子機構に関する重要な知見を得た。腫瘍血管内皮細胞におけるLAT1の高発現には、がん細胞が腫瘍間質に分泌するVEGF-Aを介した「がん細胞-血管内皮細胞間相互作用」の寄与が想定される。これを模した系として、がん細胞株の条件培地でHUVECを刺激する実験にも着手したが、現在のところ、LAT1の発現誘導の検出には至っていない。しかしながら、がん細胞を低酸素下で培養することにより条件培地中に分泌されるVEGF-Aの量が増加することを確認している。今後、実験条件のさらなる最適化によって検証が可能となり、腫瘍血管内皮細胞のLAT1発現におけるがん細胞由来のVEGF-Aの寄与の解明が進むものと期待される。
3: やや遅れている
VEGF-Aによる血管内皮細胞LAT1の発現誘導の機序について、ヒト臍帯静脈内皮細胞HUVECを用いた解析を実施した。各種阻害薬を用いた検討において、あるシグナル伝達経路上の因子の機能阻害が、VEGF-A刺激によるLAT1の発現亢進をmRNAレベルで殆ど完全に抑制し、タンパク質レベルでも顕著な発現抑制を示した。このとき、同阻害薬は、LAT1遺伝子の転写制御に直接的に関わっているとされる転写因子の発現も、mRNAおよびタンパク質レベルで同様に抑制した。がん細胞では、LAT1遺伝子が同転写因子の直接の標的として転写制御を受けていることも報告されている。以上より、血管内皮細胞のVEGF-A依存的なLAT1発現誘導においても、がん細胞と類似した転写制御機構が関与していることが示唆された。またその上流に存在する同転写因子の発現制御に与る、シグナル伝達経路についても概ね明らかになった。次に、がん細胞が産生したVEGF-Aによる血管内皮細胞LAT1の発現誘導の可能性について検討するため、大腸がん細胞株5株から条件培地を調製したHUVECをこの条件培地で刺激したところ、一部の細胞株由来の条件培地によって、LAT1のタンパク質量が増加する傾向が見られた。しかし、その変化の程度は僅かであり、条件培地中のVEGF-A量と結び付けた定量的議論は困難であった。ELISA法による定量の結果、培地に直接VEGF-Aを添加して刺激する従来の方法に比べると、条件培地中のVEGF-Aの濃度は大幅に低いことが明らかになった。以上より、VEGF-AによるLAT1の発現誘導を検討するためには、条件培地中のVEGF-A濃度が不充分であることが示唆された。そこで、がん細胞株の培養を低酸素条件下(1% O2)おこなったところ、通常条件(21% O2)に比べて条件培地中のVEGF-A量が大幅に増加することが確認された。
VEGF-Aによる血管内皮細胞LAT1の発現誘導の機序については、令和4年度に見出した転写因子の阻害薬を用いた検討によって直接的な寄与を明らかにする。同転写因子の発現制御機構については、シグナル伝達経路の個々の下流因子の活性化状態を解析することで解明する。また、同転写因子がシグナル伝達経路の因子によって直接リン酸化されることでタンパク質レベルで安定化する可能性についても検討を実施する。以上の解析はHUVECに加えて、大腸がん細胞株HT-29をヌードマウス皮下に移植して作製したゼノグラフト腫瘍から単離した腫瘍血管内皮細胞でも実施する。また、同腫瘍血管内皮細胞をVEGF-Aで刺激し、LAT1阻害薬処理および遺伝子ノックダウンによって、その下流のmTORC1活性化におけるLAT1の機能的意義を検討する。すでにHUVECにおいては、mTORC1活性のスイッチングを担うLAT1の機能を見出しているが、腫瘍血管内皮細胞においても共通する機構の存在の有無を検証する。条件培地を用いた検討は、がん細胞から腫瘍間質に分泌されたVEGF-Aによる「がん細胞-血管内皮細胞間相互作用」を模したものであるが、現在のところ、HUVEC細胞でのLAT1の発現誘導の検出には至っていない。ELISA法による定量の結果は、培地に直接VEGF-Aを添加して刺激する従来の方法に比べると、条件培地中のVEGF-Aの濃度が大幅に低いことを示しており、培養時間の延長や、条件培地の濃縮などの実験条件の最適化を引き続きおこない、LAT1の発現誘導の検出が可能になる条件を見出す。
がん細胞による、VEGF-A産生を介した血管内皮細胞LAT1の発現誘導に関する検討にやや遅れが生じた。大腸がん細胞株5株から条件培地を調製してHUVECを刺激したところ、一部の細胞株由来の条件培地では、LAT1のタンパク質量が増加する傾向が見られた。しかし、その変化は限定的であり、条件培地中のVEGF-A量と結び付けた解釈は困難であった。当初予定していた、がん細胞から分泌されたVEGF-Aによる血管内皮細胞でのLAT1発現誘導の検出には至らなかったため、その発現誘導を抗VEGF-A抗体べバシズマブによって抑制する検討にも着手できていない。以上の理由により、ベバシズマブや血管内皮細胞専用培地などの比較的高額な消耗品の購入に充てることを想定していた予算が順当に消化されず、次年度への繰り越しが生じた。令和5年度には、実験条件の最適化をおこなって上記の解析を完了させる。
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