研究課題
世界的なコロナウィルス感染拡大に伴い,それによって引き起こされた血栓症もまた注目を集めた.深部静脈血栓症(DVT)は,我が国においても,食生活や生活習慣の変化,高齢者人口の増加により,今後さらに増え続ける可能性が高い.それに伴い,剖検時に深部静脈血栓が発見される例や,その血栓が死因や死後経過時間推定に重要な意味を持つ場合が増加することが予想される.そこで重要な課題となるのが血栓陳旧度判定指標である.本研究課題では,実験用マウスの下大静脈(IVC)結紮によるDVTモデルを作成し,その血栓中の熱ショック蛋白質(heat shock protein: HSP)の動態を捉えることにより,新たな血栓陳旧度判定指標の確立を目指して研究を遂行した.実験用マウスの下大静脈結紮(IVC)を結紮することにより作成したDVTモデルを用いて,以下の検索を行った.IVC結紮から1~21日後の血栓を研究対象とし,これらの血栓の断面組織標本について,抗HSP27,抗HSP70抗体それぞれを用いた免疫組織化学的染色像から陽性細胞数を計測し,これらの血栓内における動態を評価した.同時にHSP27,HSP70それぞれの阻害剤が,血栓形成・溶解に与える影響についての解明を試みた.本研究課題により,HSP27及びHSP70の深部静脈血栓における局在や動態と,血栓陳旧度との関連性を明らかにし,血栓陳旧度判定のための新たな指標の有用性が示唆する結果を得た.また HSP27,HSP70それぞれの阻害剤が血栓形成を阻害している可能性が示唆された.以上の結果について,国内外の法医学や免疫学,炎症,創傷などに関連する学会や,関連する分野の国際学会誌に発表しているところである.
2: おおむね順調に進展している
これまでに,血栓形成・溶解過程におけるメカニズムの解明を目指して,様々な因子について急性期から慢性期までの血栓においてその動態を明らかにしてきた.同時にヘマトキシリン・エオジン染色像やマッソン・トリクローム染色像により,血栓の形態学的検索を行ってきた.白血球(好中球,マクロファージ)や細胞外基質分解酵素群(MMP-2,MMP-9),ウロキナーゼ型および細胞型プラスミノーゲン活性因子(uPA,tPA),サイトカイン,ケモカイン(IFN-gamma,TNF-alpha,TNF-Rp55,IL-6,CCR5,CX3CR1),またそれらの受容体,骨髄由来線維細胞(fibrocyte),血管内皮前駆細胞(EPC)などの血栓内の局在を解明するために,免疫組織化学的染色または蛍光二重染色を,用手法ならびに,自動免疫染色装置を用いて行ってきた.特に,自動免疫染色装置を用いることにより,陽性領域や陽性細胞数の変化について,より定量的な評価を可能にした.上記の実績を基礎として,本研究課題であるHSP27,HSP70それぞれについての免疫組織化学的解析を行い,血栓陳旧度判定のための新たな指標としての有用性を検討している.血栓中のHSP27及びHSP70の陽性細胞は,IVC結紮後3~5日以降の全ての血栓について観察され,その後10日目をピークとして増加傾向を示したが,14日目以降はともに減少傾向を認めた.血栓中における両者の遺伝子発現も陽性細胞数の変化と同様の傾向を認め,10日目をピークとして増加し,14日目以降では減少した.また蛍光二重染色の結果,血栓内の両者の主な産生細胞はF4/80陽性マクロファージであることが明らかとなった.今後,剖検時に発見された血栓についても,この指標を応用して血栓陳旧度判定を行う予定である.
我が国においても食生活の変化,高齢者人口の増加等により,DVTは今後も増え続けることが予想され,剖検時に深部静脈血栓が発見されること,そしてそれが死因や死後経過時間推定に重要な場合が増える可能性がある.本研究では,実験用マウスのIVC結紮によるDVTモデルから得られた血栓の,陳旧度判定指標を確立することが目的の一つである.血栓形成開始から1,3日後の急性期,5,7,10日後の亜急性期,14,21日後の慢性期まで,7段階の血栓組織標本について,抗HSP27,抗HSP70抗体それぞれを用いて自動免疫染色装置にて免疫染色を行った.さらに血栓から採取したRNAについてリアルタイムRT-PCRにより,より詳細な分子病理学的情報を得ており,これらの結果を応用して,法医剖検例において採取された血栓試料についても,実験モデルと同様の手法を用いて血栓陳旧度の判定を試みている.また,HSPの染色結果による血栓陳旧度評価結果は,これまでに発表してきたマッソン・トリクローム染色によるコラーゲン領域の変化や,白血球やマクロファージの数やその比,ベルリン・ブルー染色によるヘモジデリンの検出結果をもとにした指標などとの関連や相関があると考えられた.血栓中のHSPの動態を解明することにより法医実務的研究へと発展させることを目的としているが,さらにDVTの予防や治療方法開発に示唆を与えることのできる結果を見出すことも,視野に入れている.そのためにマウスへのHSP27,HSP70それぞれの阻害剤の投与が,血栓形成・溶解に与える影響についても検索した.今後はさらにこれらの結果から,ヒト血栓陳旧度判定指標の確立を目指して,血栓の発症時期を推定する方法の開発と法医実務への応用の可能性を検討する.以上の結果については,今後も国内外の法医学や免疫学,炎症,創傷などに関連する学会にて発表する予定である.
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