本研究の目的は神経哲学において議論されてきた自然主義的な人格概念を幅広く調査し、その刑法学的意義を明らかにすることである。平成23・24年度に行った研究により、感情と刑法の関係が現代の法システムに与える影響の点で重要であるとの理解に至った。そのため、平成25年度には、感情がもつ刑法的意味の解明を行う傍ら、特にこのテーマを主題的に扱っているマーサ・ヌスバウムの『感情と法』で展開されている議論を、神経科学・哲学・刑法学の観点から検討した。 内海が行った調査により、感情というテーマが刑法では特に法益論と関連することが明らかになった。そこで、法益論という観点から感情がどのように扱われるかを分析するために、平成23年度、法益論に関する日本語文献を収集・分析し、平成25年夏にはドイツ・ケルン大学でこのテーマに関する文献を収集した。この研究成果を「感情の刑法的保護 序論」にまとめた。また、ヌスバウムについての解釈は「マーサ・ヌスバウム『感情と法――現代アメリカ社会の政治的リベラリズム』(2010年)を読む」で展開した。 原は、ヌスバウムが『感情と法』の前半で扱っている嫌悪が刑法において果たす役割を検討した。ヌスバウムは英米法における嫌悪の役割を検討しているのだが、ドイツの法制度の影響を強く受ける日本の刑法に対して、ヌスバウムの議論をただちに適用できるわけではない。そこで、平成25年度、裁判員制度における裁判員の感情の役割を、ヌスバウムが展開した、感情に依拠する法的判断論に基づいて明らかにする研究を行った。この研究を「刑法と感情感情による法的判断の正当化――」にまとめた。
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