研究概要 |
昨年出版したウルストンクラフトの『北欧からの手紙』(Letters Written during a Short Residence in Sweden, Norway, and Denmark)の分析を中心にして、彼女の国家と女性の進歩の概念についての考察を加えた。そこに見られる彼女の内省の痕跡は、紀行文の大きな特徴である自然描写にも刻み込まれている。北欧の荘厳で荒涼とした大自然の様相を、彼女は「ピクチャレスク」を頻繁に用いて描写している。だが、やや感傷的過ぎる筆致で彼女が描いているのは、大自然だけではなくそれを見つめる自分自身の心の風景でもある。第1の手紙では、初めてスウェーデンの地を踏んだ名も知らない入り江の美しい自然に触れて、その景観を叙述するだけではなく、それによって自身の失意がいかに癒され慰められたかを情緒豊かに記している。また、夜も日の光が残る白夜の美しさに感極まって、眠りについている森羅万象とさまざまな思いに耽る自分とを比べて、いつもより強く生を実感している。 彼女を襲った失意、苦悩そして憂慮の要因は恋人イムレイとのいきさつによる葛藤に他ならない。苦境の渦中であえて旅立った北欧で、その酷烈、優美、壮大な自然は、人間存在にまつわる苦悶を乗り越えようとしている彼女の目には、現実の風景と同時に心の内なる心象風景として映っている。 ウルストンクラフトにおける国家の進歩思想は、原始社会への性善説的憧憬と進歩史観の間で揺れ、女性の地位向上への願いは、一女性としての現実的苦難と恋愛における葛藤によって普遍と個別の間をさまよい続けている。現実と私心を完全には超克できなかった彼女のこのような二面性こそが、直情と力感に溢れた思索を生むと同時に、感情に流れすぎる筆致をももたらし、そのことで多くの批判も招いたと考えられる。
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