研究課題/領域番号 |
23520409
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
近藤 昌夫 関西大学, 外国語学部, 教授 (80195908)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 国際研究者交流ロシア / ペテルブルグ / 建築 / ドストエフスキー / 物語 / 道化 / トポロジー |
研究概要 |
目的と計画に従い、成果を共著『バッカナリア』として公表した。特色は1860年代に社会問題化していた飲酒に注目した点である。『罪と罰』は二つの構想からなる。飲酒による道徳的頽廃を問題視したマルメラードフの物語と、殺人者の心理を描き「回生」の道を示すラスコーリニコフの物語である。前者は資本主義ロシアの主要財源の一つ蒸留酒ウォッカの犠牲者である。後者は醸造酒エールと結びついているが、それはキリスト教導入以前から農事暦の祝祭で愛飲された「飲む穀物」ビール(エール)によって物語に異教信仰「ルサーリィ」を呼び出すためだった。「ルサーリィ」とは、通常水底に棲み人間に死をもたらすスラブの小神格ルサールカが、年に一度、夏至の頃に大地を潤す、豊穣の祭、死と再生の祝祭である。殺害ではなく自殺だと言う深層のラスコーリコフは、外的・内的に「ルーサルカ/キリスト教徒」の二重の特徴をもつソーニャによって十字路に導かれる。古来自殺者は十字路の傍に埋葬され、蘇ると信じられたからだ。十字路に佇んだラスコーリニコフは、血潮が体内に迸ったかのように全身が火照り、その場で俯せると足下の石畳に接吻した。十字架に見立て、そこから「生命の水」が流れるエルサレムに歩みはじめるのである。ドストエフスキーがラスコーリニコフにビールを飲ませたのは、15世紀に聖神降臨祭と融合した民間信仰を呼び出し、十字路を要にして、蒸留器のような人工都市の住人に大地の重要性を指摘したのである。本研究で『地下室の手記』の十字路との接点が明らかになるとともに、この特異な都市の物語が、地勢、異教、キリスト教、同時代の社会問題によって重層的に構成されていることが、新たな視点から確かめられ、全体構想がより明確化した。国内調査によって確かめた船山馨と『白痴』のカーニヴァル性については、北海道新聞文化面で公表の予定である(校正中)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、『罪と罰』の十字路が、「死と再生」の詩的トポスに転換されていることを年度内に論文の形で公表できた。これによって、『地下室の手記』の十字路との関連を、40年代に遡る「冥界廻りと回生」という文脈で確かめられた。したがって、建築と文学の相関関係という観点から計画通りの成果を達成できたと言うことが出来る。 さらに、次の研究─1870年代のペテルブルグと文学─へのステップとなる、『罪と罰』の『白痴』との関連も手がかりが見出せ、公表の場も与えられたので(北海道新聞)、順調に研究が進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
『罪と罰』のエピローグを考察する。具体的には、十字路と流刑先のシベリアとの関連を考察し、エルサレムの「生命の水」の所在を確かめるとともに、物語全体の構成にとってエピローグの占める位置を明らかにする。その際、ラスコーリニコフの悪夢に出てきた村の見取り図を考慮に入れ、『罪と罰』の建築的特性について考察する。夢の村の見取り図を参照するのは、「婆馬」が潰された居酒屋前とその奥にある緑の屋根の教会、そして遠くの森というトポロジーが、ペテルブルグとシベリアの位置関係に対応しているように思われるからである。物語の建築的特性については、教会の扉としての「十字路」という見地から、教会建物の構造や象徴を参照しつつ、『罪と罰』の教会構造を明らかにし、キリスト教文学としてのドストエフスキーの考察を深めてゆく。 ドストエフスキーは『白痴』執筆に際してドン・キホーテのような人物を思い描いてムイシュキン公爵を造形したが、ドン・キホーテは道化人形プルチネルラの形容にも用いられている。『罪と罰』と『白痴』の接点をキリスト教と道化に探り、70年代ロシアも視野に入れて研究を進めてゆく。
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次年度の研究費の使用計画 |
エピローグと本論の建築学的関係を明らかにし、論文として公表するために必要な資料を整備する。 23年度の資料収集の過程で仮説された、『罪と罰』と『白痴』を結ぶ道化の文脈を明らかにするために、ドストエフスキーが見た伝統的道化人形や、箱人形劇ヴェルテープの現地調査を行う。
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