最終年度の成果は、前年度までの研究で得られた成果を『白痴』(1868)で検証し、1860年代のドストエフスキーの小説が、神話、宗教および同時代の社会問題においてペテルブルクと密接に関連していることを、論文(「緑の聖所」)で明らかにし、さらに全体構想「都市と文学のロシア」に照らして拙著『ペテルブルク・ロシア 文学都市の神話学』(未知谷)を刊行したことである。とくに、研究期間全体の成果によって総括することができた『ペテルブルク・ロシア 文学都市の神話学』は、19世紀前半から現代に至るペテルブルク神話を俯瞰し、都市と文学の有機的な関連を論証した研究書であり、都市文学研究一般にとっても、全体構想の今後にとっても意義ある成果と思われる。 本研究期間全体を通じての具体的な成果は以下の通りである。 1860年代に発表されたドストエフスキーのペテルブルグ小説のうち、『地下室の手記』(1864)、『罪と罰』(1866)、『白痴』における物語と都市空間の関係を分析した結果、ロシアが、原古のロシアでも、揺籃期のヨーロッパでもない、あらたな理想郷を、この時代にヨーロッパを自覚し、「ヨーロッパへの窓」の役目を終えるペテルブルクではなく、モスクワに象徴される全ロシアに求めはじめたことが明らかになった。このことは、ネオ・ロシア様式を模索するペテルブルグの建築様式にも指摘できる。文学作品とそこに描かれた都市空間との対照によって、同時代小説といわれるドストエフスキー文学が、スラヴ神話とキリスト教に根ざしたユートピア文学ことが、新たな側面から確かめられた。
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