本研究は、代表者が1980年代より継続している多民族国家ミャンマー(旧ビルマ)とその周辺における文化と社会に関する人類学的研究の一部を成すものであり、その主目的は、既存の民族論に対する批判的評価を基盤に、ミャンマーの政治的脈絡において、「民族」の境界と「宗教」の境界との関係性について、現地資料を活用して考察を加えることにあった。 平成25年度は、国内外において、研究課題に関する資料蒐集、及び情報交換を実施した。全国民の九割近くを仏教徒が占める仏教国ミャンマーは、2013年にバプティスト布教開始200周年を迎え、その祝賀会が無事挙行された。キリスト教布教活動は、英領植民地時代に、ビルマ語英語辞典、シャン語英語辞典編纂という各民族の自画像に関する「知識」構築に、結果的に貢献してきた歴史を有する。その事実をひとつの要因として、シャン族キリスト教徒のような、民族的マイノリティでもあり、宗教的マイノリティでもある人々は、必ずしも孤立化してはいない。シャン族のマジョリティが、ビルマ族同様仏教徒であることも重要なのである。他方、イスラム教徒の場合は、いわゆる「ロヒンジャ問題」として国内外に報道されているように、仏教徒との関係が深刻化している事例もあり、「知識」構築の接点が希薄で、二つの境界が重なった場合の重大性が明らかになった。 研究代表者は、前年度に続き、全くの無償でヤンゴン大学客員教授を務め、同大学人類学科、及び大学院学生との学術交流にも努力した。さらにアジア世界を俯瞰した比較研究を進めるために、多民族国家中国内モンゴル自治区における多民族共生状況の参与観察、研究協力者松井生子氏のカンボジアへの派遣なども行った。 最終年度に際し、松井生子氏にも寄稿を求め、『「民族」・宗教・文化化ーミャンマー、カンボジアを事例にー』を作成し、今後の研究の深化のための基礎資料とした。
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