本研究の主な目的は,最近20年間の日本の化学産業のダイナミズムに注目し,産業組織の再構築(マクロ)と企業の事業構造の転換(ミクロ)との間の相互作用のメカニズムの解明である。この目的達成のために,平成24年度は次の二つの課題の研究を進めた。 第一の課題は,環境問題に対する塩化ビニル業界の組織的対応と企業の経営戦略の分析である。日本では,1997年にダイオキシンの主要発生源とみなされたことで,全国的に塩ビ忌避の風潮が高まったが,2000年代後半には一転して,政府のグリーン調達の特定調達品目に各種塩ビ製品が指定されるなど,エコ素材として評価されるにいたった。本課題では,このような認識の逆転が生まれた背景として,新設の塩ビ工業・環境協会(VEC)による,官庁,自治体,企業,マスコミ,学校関係者への地道できめ細かい広報・啓蒙活動が大きな役割を果たしていたことを明らかにした。また,企業の経営戦略への影響では,環境問題への取り組みを通じて,塩ビ樹脂メーカー間に信頼関係が醸成され,業界再編に正の効果をもたらしたことも明らかにした。 第二の課題は,コア技術,組織能力をベースとした組織間調整の分析である。本課題では,事例分析と統計分析を通じて,①コア技術や組織能力を活用した事業の選択により,汎用合成樹脂産業では,樹脂ごとに企業の棲み分けが進んだこと,②事業統合会社の経営権の明確化に関する産業全体の定量的把握を行い,③合成樹脂別の業界再編の促進要因と阻害要因について明らかにした。 以上二つの研究成果は,前年度の成果に続いて,未解明であった1990年代以降の日本の化学産業の再編の論理の一端を明らかにしている。本研究は,産業組織と企業組織の研究分野において重要なテーマである,産業組織の再構築(マクロ)と企業の事業構造の転換(ミクロ)の相互作用のメカニズムに関する実証的な基礎を提供するものと考える。
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