海洋表層では,「植物プランクトンによる基礎生産」と「従属栄養細菌による有機物分解」が相補的に働いている.この両者の働きが,生態系および物質循環の恒常的な駆動を維持している.本研究の目的は,この有機物分解過程に注目し,沿岸環境における,その構造と変動メカニズムを解明することである. 本研究では,従属栄養細菌群集の生物量,活性および構造解析用のサンプルを採取し,その時空間パターンの解析を行った.サンプルは,愛媛県の沿岸環境において行われた計18回の観測で採取したものを使用した. 試料は以下の2つの項目の測定に供された.①細菌生物量および群集構造解析:細菌生物量は直接計数法で計数した.群集構造解析はCARD-FISH法を用いて,主要系統分類群の全細菌群集に対する寄与率を求めた.②疑似現場培養法を用いた,細菌群集の有機物代謝能および代謝量の変動と環境要因の変動との関係解析(近年,沿岸生態系への影響評価が緊要な課題とされている抗生物質を化学物質負荷の指標として用いた). 項目①の結果から,沿岸域において,細菌生物量は,基礎生産者である植物プランクトン生物量の44%に相当していた.細菌の炭素代謝効率を0.3と仮定すると,細菌群集は,植物プランクトン生物量を上回る量(約1.2倍)の有機物の循環を沿岸生態系で担っていると推測できる. 項目②の結果から,次の3点が明らかになった.1)抗菌性物質による環境細菌群集の増殖の抑制は濃度依存的に作用すること,2)抗菌性物質の種類によっても細菌群集の増殖の抑制の強度が異なること,3)環境細菌群集が抗菌性物質による感受性の異なるグループによって構成されていること. 以上の2項目の結果から,従属栄養細菌は沿岸生態系の物質循環において量的観点から重要な生物群であること,また,化学物質負荷等の環境変動に対して敏感に応答していることが示された.
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