研究実績の概要 |
従来,固体表面での水素分子の核スピン状態の変化は基板と分子の2体での相互作用で誘起されると解釈されてきた.しかし,近年分子間の多体相互作用の重要性が指摘されている.本研究では,オルト・パラ比を制御した水素分子と表面構造の異なる基板を用いて,オルト‐パラ転換における隣接吸着水素分子の影響を理解することを目的とする. 今年度は水素の検出感度向上を目的として,実験装置の改造を進めた.具体的には主実験槽および水素検出器の再設計を行った.検出器は移動式とし,試料表面から脱離する水素の飛行距離を変えて飛行時間計測が可能となるように変更した.また,検出器の先端を孔の開いたコーン形状にし,その中に入ってきた分子のみイオン化検出することで外場の影響を抑えるように工夫をした.これにより,従来よりも精度よく脱離分子の並進エネルギーや脱離角度分布に関する情報が得られることが期待できる.また,入射水素分子の核スピン状態を知ることは本研究では重要であり,脱離分子以外にも試料表面に照射する水素分子ビームの回転状態も定量するため,試料位置において分子ビームを検出器内部でイオン化できるような検出器を設計した. また,これまで転換に伴う水素分子の回転エネルギーは金属表面の電子系のみへ散逸されると考えられてきたが,パラジウム表面でのオルト‐パラ転換確率の温度依存性の実験結果を解析し,電子系とフォノン系の両方へ回転エネルギーが移動することを明らかにした.この研究成果は,回転エネルギーの移動過程を明らかにしたものであり,The Journal of Physical Chemistry Lettersに掲載された(H. Ueta and K. Fukutani, The Journal of Physical Chemistry Letters, 14, 7591 (2023).
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