研究実績の概要 |
群の擬準同型とは、群 G 上の実数値関数で、有界な誤差を許して準同型のようにふるまうもののことであり、主に幾何学的群論や微分同相群の理論などで研究がなされている。安定交換子長は群の擬準同型と関係する概念である。交換子群の元 x を交換子の積で表す際の必要最小限の個数を交換子長といい、交換子長の安定化を安定交換子長という。擬準同型と安定交換子長とは、 Bavard 双対定理を介して密接に関係することが知られている。 続いて N が群 G の正規部分群であるという場合を考える。 G の元 g と N の元 x を取って交換子 [g,x] と書ける G の元のことを混合交換子という。混合交換子全体で生成される G の部分群を [G,N] とし、 [G,N] の元 x を混合交換子の積で表す際、必要最小限の個数を混合交換子長という。混合交換子長の安定化を安定混合交換子長といい、scl_{G,N}で表す。 G=N の場合が通常の安定交換子長である。本研究では、 scl_G と scl_{G,N} の大域的な比較が問題である。 本年度は「G/Nがアーベル群の場合に、([G,N],scl_{G,N})から([G,N], scl_G)への包含が定める粗群の準同型の粗核が、R^nに粗群として同型である」という成果をプレプリントにまとめた。ここで、nは拡張不可能な擬準同型の空間W(G,N)の次元であり、G/Nが従順の場合は群のコホモロジーを用いて計算することができる。粗群は粗空間の圏に関する群対象であって、上記の結果によって、粗群として([G,N], scl_G)と([G,N], scl_{G,N})/R^n が成立することがわかる。また未発表の結果として、冪零群の場合でも同様のことがわかることや、通常の一般 Bavard 双対が混合交換子の場合でも成立することがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究の目的は([G,N],scl_{G,N}) から ([G,G],scl_G) への包含の粗核の同型類を決定することであった。これにより粗群の準同型定理から、([G,N],scl_{G,N})の商として([G,G],scl_G)を表すことができ、 scl_G と scl_{G,N} の大域的な挙動の比較が比較が決定できたことになる。G/Nがアーベル群の場合は、この粗核が拡張不可能な擬準同型の空間W(G,N)の次元nを用いてR^nと同型となることがわかり、それをプレプリントとしてまとめることができた。 また研究計画においてはG/Nがより複雑な場合に話を展開することを考えており、G/Nが冪零群の場合も粗群の理論を発展させることによって、粗核が計算できることがわかった。これは当初の計画通りの進行である。それに加えて混合交換子長に対する一般 Bavard 双対定理の証明も行うことができ、これによりscl_{G,N}の具体的な計算、特に有理数値を取りうるか否かという問題についての応用が期待される。したがって、本研究は当初の計画以上に進展していると判断してよいと考える。
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今後の研究の推進方策 |
今回の研究においては、G/Nがより一般の形である場合において、([G,N],scl_{G,N})から([G,G],scl_G)への包含の粗核を決定することが目標である。より複雑な場合として、G/Nが可解の場合などである。今後の研究においては、粗群の理論のさらなる深化が重要であると考えている。特に我々が主に考察の対象としている粗群は、粗アーベル群と呼ばれるクラスに含まれている。しかし、この粗アーベル群というクラスは、 Leitner と Vigolo のモノグラフにおいて定義はされているものの、現状余り研究がなされていないのが現状であり、例えば漸近次元が有限な粗アーベル群の分類や、完全列の理論などの整備を進めたい。これらの理論をもとに、安定混合交換子長の理論への応用を考えていきたい。 また安定混合交換子長の一般Bavard双対定理が成立することがわかったことにより、通常の一般Bavard双対定理の応用などを参考にしながら、G-不変極値擬準同型(extremal quasimorphism)の存在や、scl_{G,N}がいつ有理数値を取るかという点などについての研究を推し進めていきたい。またscl_{G,N}や不変な擬準同型の幾何学的な応用などについても考えていきたい。
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