今年度は最終年度として以下に述べる研究期間内での作業を総括し、収集に遺漏があった場合は補充収集をし、成果を取りまとめた。 すなわち、大正期から昭和初期にかけての俸給生活者向けメディア(社会民衆党・俸給生活者組合関係者の書籍・パンフレット、および以前も分析した雑誌『サラリーマン』の再検討)、工場労働者および植民地開拓事業参加者の男性性言説(雑誌『工人』、雑誌『拓け満蒙/開拓』、および農村更生運動とも結びつきいわゆる日本主義(右翼)的運動を展開していた下中弥三郎らが中心となって発行した『我等』など)の男性性言説を収集し、その言説を(a)ミソジニー(女性嫌悪)、(b)ホモソーシャル(男性紐帯)、(c)ホモフォビア(同性愛嫌悪)、の3つの軸をめぐる特徴を探った。 その結果、(1)大正後期~昭和1・2年頃は、普選獲得運動と無産政党結成の動きの中で、都市新中間層のみならず専門性の高い工場労働者(いわゆるエンジニア層)や植民地開拓事業の中核的エージェントとなった中小農の知識青少年まで含め、社会格差に対する関心が高まったが、しかし排日移民法成立の影響等で、左翼運動のインターナショナリズムに対する不信感も並行して高まり、右翼団体の結成があいついだ昭和7年頃には、日本主義・植民地主義への傾倒が顕著となること(2)いわゆる覇権主義な男性性言説が顕著になるが、それが直截なミソジニーと結びつく革新右翼軍人の言説に対し、一見ミソジニックではないが女性に「家庭の天使」たることも植民地農園における無償家族労働力たることも求める中小農青少年の言説など、単純に覇権主義的男性性とミソジニーの結びつきは複雑であること(3)植民地農園における女性無償労働力の重要性は、開拓少年義勇軍のようなホモソーシャルな集団を強固に異性婚に結びつけており、結果的にホモフォビアは明示的にはなっていないこと、等が明らかとなった。
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