1.目的:聴覚障害者(以下、聴障者)の対人認知の様式を主題統覚検査(以下、TAT)と補助として描画テスト(S-HTP)を用いて明らかにすることを目的とする。次に、現在の聴覚障害児教育において母親による幼少期からの厳しい口話教育が母子関係を阻害し、対人能力に重大な影響を及ぼしているとの指摘があるが、それについても実証的データをえることを目的とする。
2.方法:関係機関を通して、自立して生活している聴障者被検者を募った。25名(17歳から41歳、平均年齢30.1歳、男性15名、女性10名)の聴障者被検者が得られ、上記心理検査と、幼少時の口話教育についての半構造化面接を個別に実施した。コミュニケーション手段は手話であったため、一定の技能をもち調査に理解のある手話通訳者1名(調査中同じ通訳者であった)が同席した。対照群は健聴大学生被検者34名(19歳から24歳、平均年齢21.6歳、男性10名、女性24名)で、上記心理検査のみ個別で実施した。
3.結果と考察:TATの解釈は鈴木(1997)によったが、聴障者群、大学生群ともに各カード特性から期待される物語とは異なるものが目立った。異質なメンバーを家族とみなしたり、親子や男女の心の機微が読み取れているか疑問を感じる物語が目立った。TATでの両群の差は物語の内容よりも作成過程にあると考えられた。聴障者群では、物語といえるのか微妙なものが目立ったり、検査者とのやりとりの中で物語形式になるものなど、物語作成過程が特徴的でかなりの努力が必要なようであった。物語を作る力についてさらなる検討が必要と考えられた。ところで、S-HTPにおいて三沢(2014)は、時代的問題とも言える「発達停滞」を提唱しているが、本調査でも同様の結果が得られた。ただ描画は聴障者にとって言語的な意味合いもあるため、健聴者と同じ解釈で良いのか慎重な分析が必要であると考えられた。
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