研究概要 |
大気又は排出CO2を固体炭酸として貯蔵するCCS技術が注目を浴び,低コストを実現する触媒開発が待望される.しかし安価なCa2+をうまく利用する方法がない.そのような中本研究は,CaCO3を主成分とする貝殻の形成に貝由来Ca2+結合型炭酸脱水酵素(Nacrein)が関与することに着目する.本酵素の性質「低濃度CO2選択的捕捉特異性/高CO2水和触媒能/Ca2+結合能」による貝殻形成に係る仕組みが適切に模倣されれば,CO2を効率的にCaCO3結晶に転換する仕組みを開発することが可能となる.今回高活性酵素変異体と報告者が見出した結晶析出方法を利用して固体炭酸形成反応を高効率化すること,同時にこれまでに明らかとした本酵素の触媒機構から中心的機能を抽出することで,実用性の高い触媒モジュール開発を目的とする研究を行う.Nacreinは炭酸脱水酵素様触媒反応部位(約300残基)とCa2+結合部位(CaB(約100残基))からなるが,本年度,報告者は,大腸菌遺伝子大量発現系を用いて15N安定同位体標識されたCaB(15N-CaB)を取得した.そのNMR測定の結果,シグナルの散らばり具合の低いスペクトルを得られたことから,明らかな2次構造をもたないと考えられた.その一方,Ca2+の有無によって異なるケミカルシフトをもつシグナルが幾つか存在することがわかった.現在、そのシグナルの変化を基に結合に関する情報を抽出する.計算科学的手法を用いた炭酸脱水酵素触媒反応部位モデルの解析では,亜鉛結合水と亜鉛結合ヒドロキシド,イミダゾール基の三態とその回転,そしてそのイミダゾールと他の芳香環との間の相互作用を考慮することによって,2つの芳香環のπ-stacking の影響下そのイミダゾール基の回転が水素結合を引き千切るために必要とされるエネルギーの値を初めて理論的に算出するに至った.これによって,二酸化炭素水和反応に先んじる水の解離によって生成されるプロトンが放出される経路の全貌がさらに露となった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
CaBの構造はN字形をもつことが報告されるが,低解像度のため個々の残基が特定されない.ここでは主鎖の二次構造や側鎖の配置に係る知見を得ることが重要である.現段階ではある形を成すことで酸性残基(Asp,Glu)側鎖がCa2+と静電的にうまく相互作用することが可能となる等と推測されるが,その形や相互作用がCaCO3結晶形成抑制に如何に関わるかとの詳細な仕組みを理解することが,装置改良と工業用途等に適した低分子化CaBの開発に必須である.そのような中,分子生物学的手法を用いて構築された大腸菌遺伝子大量発現系に15NH4Cl含有最少培地を適用することで15N標識蛋白質を調製し, 15N/1H相関NMR測定法を用いて得られたスペクトルで観測されるシグナルに基づく予測を行うことができた.そこでは,Ca2+共存下において27残基あるGlyアミドシグナルの相対強度が半分以下に変化しかつ,Ca2+濃度に依存してAsn側鎖シグナルのケミカルシフトに変化が見られた.これは,CaB-Ca2+結合にその酸性基が関わるだけでなくアミド基もまた関わることを示唆している.おそらく,EDTAのような結合様式がそこにあると推測された.また,NMR法によって二酸化炭素水和反応の反応物と生成物を見分ける手法を確立した.一方,酵素やCaBを用いて海水から作成したカルシウム塩の結晶について,その結晶の構成成分(炭酸カルシウムであるか石膏であるか)を分析・特定するために特性X線を利用する手法を確立した.そこでは,同時に走査型電子顕微鏡(SEM)法を本研究に応用する準備を整えることができた.
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今後の研究の推進方策 |
CaBの濃度と炭酸カルシウム結晶の多形形成(ここではカルサイトとアラゴナイト)の間の関係を観察するために,SEM画像を用いた評価系の確立を試みる.そこでは,中空糸繊維を用いてナノバブルCO2溶液作成系の改良を新たに行い,Ca2+濃度及びCO2濃度をイオン電極法によって決定する系を確立する.ここに炭酸脱水酵素を用いて,重炭酸イオンの生成を効率化させている.この手法を細胞培養技術に応用することを検討する.これらによりバイオミメティクス,つまり植物の光合成前段階における炭素源の取込み又は動物の呼吸に係る体液中CO2の運搬・排出,骨/貝殻/卵殻等の固体炭酸の形成といった無機-有機間炭素授受の効率的な仲介を模倣するシステムの構築を行う.また,円偏向二色性(CD)分光装置によってCaBに係る二次構造情報を得る.
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