研究概要 |
研究第二年目H25年度は、第一年目に刊行したジェイムズ・バリー論考「パトロン政治家バークを描くジェイムズ・バリー ―忘れられた十八世紀アイルランド人画家の葛藤―」(『人間科学研究(広島大学大学院総合科学研究科紀要I)』第7巻, H24年12月, pp. 1-24)をもとに、(日本)美学会、日本イギリス哲学会、日本18世紀学会、日本アイルランド協会等に所属する関連分野の専門家たちにひろく配布・公開し、その批判を仰ぐことに注力した。 さらにH25年度成果としては、バリーのパトロンであり、上記論考でも言及したエドマンド・バークの記述(友人リチャード・シャクルトンへとの往復書簡)を通じて、18世紀当時のアイルランドの精神風土を探ることも論考として成果を得た。「E・バークのカレッジ在学期における〈ダブリンの憂欝〉あるいは〈バリトア幻想〉と文芸趣味の実践的醸成 ―キルデアの親友クエーカーR・シャクルトン宛書簡から―」(日本アイルランド協会編『エール(アイルランド研究)』第33号, H26年3月, pp. 196-214)である。本稿により、バリーとバークの故地である南部都市コークと、首都ダブリン(ならびに、18世紀アイルランドのクエーカー教徒の故地キルデア州バリトア)の文化風土との対照性が明らかにされた。 バリーによる絵画実践とバークによる理論の結節点として、H24年度の上記論考でも言及した「ケルト的崇高」(あるいは「アイルランド的想像力」)という概念にかんしては、「アイルランド映画」の分析をおこなった別の論考、「映画『フィオナの海』にみる〈海〉と〈妖精〉の語り口 ―異界交流、あるいはアイルランド美学の伝統―」(文芸学研究会編『文芸学研究』第17号, H25年3月, pp. 1-35)を上梓。これにかんしてもH25年度中に、上記関連学会の専門家たちの意見を仰いだ。
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