研究課題
本研究は、近年提唱されている「癌幹細胞モデル」に基づいて、癌幹細胞に特異的なマーカー候補であるHes1及びDcamkl1に着目し、両者を標的とする癌幹細胞治療の可能性を探るものである。1.これまでに研究代表者は、Notchの下流転写因子Hes1が正常腸幹細胞の維持には必要でなく、腸腫瘍幹細胞の維持には必須であることを示した。そこで本研究では、Hes1を標的とした遺伝子治療に向けて、Hes1を他の6つのHesホモログと区別する特異的なsiRNAを作成した。同siRNAをヒト消化器癌細胞株に投与すると、幹細胞マーカーの減少と分化マーカーの増加を認めた。また、生体内でのHes1の意義を検証するために、ベータ・ナフトフラボン投与によってHes1を任意のタイミングで欠失させる薬剤誘導性Hes1ノックアウト・ApcMinマウスの作成を行ったところ、腫瘍の分化・退縮を認めた。2.これまでの予備実験で、研究代表者はDcamkl1が腫瘍幹細胞を特異的にマークし、正常組織幹細胞と腫瘍幹細胞を区別することを示した。そこで本研究で、ApcMin; Dcamkl1-CreERT2マウスにおいてDcamkl1陽性細胞を選択的に障害したところ、正常腸管を障害せずに、腸腫瘍のみが退縮することが明らかとなった。この知見を発展させて、ヒト大腸癌への臨床応用を視野に入れた抗Dcamkl1抗体の作出を開始した。また、Dcamkl1の機能解析のために、Dcamkl1に対するsiRNAを作製し、大腸癌細胞株を用いたノックダウン実験を行った。これらの実験により、Hes1及びDcamkl1を標的とする癌幹細胞治療の可能性へ向けた重要な基礎的知見が得られたと考える。
2: おおむね順調に進展している
平成24年度には、以下の検討を行った1.Hes1を他の6つのHesホモログと区別する特異的なsiRNAを作成し、Hes1特異的ノックダウンによって、癌細胞における幹細胞マーカーや分化マーカーが変動することを示したことは、Hes1を標的とする癌幹細胞分化療法の可能性を示すと思われた。さらに、薬剤誘導性Hes1ノックアウト・ApcMinマウスの検討では、Hes1のノックアウトにより腫瘍細胞の分化が認められたことから、Hes1を標的とする癌分化誘導療法が生体内でも可能なことが示唆された。2.ApcMin; Dcamkl1-CreERT2マウスにおいて、Dcamkl1陽性細胞を選択的に障害すると、正常腸管を障害せずに腸腫瘍のみが退縮したことは、癌幹細胞を標的とする細胞標的療法の可能性を強く示唆するものと考えられた。また、Dcamkl1のC末端蛋白を免疫源とする抗Dcamkl1抗体の作出も進めており、抗体医薬の可能性を次年度に検証することが可能と思われる。さらに、Dcamkl1に対するsiRNAを用いたノックダウン実験によって、Dcamkl1の機能解析も進めている。これらの知見は、Dcamkl1を標的とする癌幹細胞標的療法の可能性が強く示唆するものであり、論文および学会発表として平成24年度に公表を行った。したがって、本研究は平成24年度において当初の計画通り、おおむね順調な進捗状況を示しているものと考えられる。
平成25年度には、Hes1・Dcamkl1を標的とする「癌幹細胞特異的治療法」への展開をさらに進めるために、以下の方策を立案する。1.Hes1, Dcamkl1の機能解析のために、前年度に構築したHes1, Dcamkl1に対するmiRNAを組み込んだ種々のウイルスベクターと、両者のcDNAを組み込んだ発現ベクターをヒト大腸癌細胞株に対しトランスフェクションする。さらにこれら細胞株を用いて、ヌードマウスを用いたゼノグラフト継代実験を行い、Hes1, Dcamkl1が大腸癌幹細胞の維持に果たす役割を解析する。2.Hes1, Dcamkl1を標的とする治療法開発のために、前年度に構築したHes1, Dcamkl1に対するsiRNAを組み込んだウイルスベクターをApcMinマウスに投与し、siRNAによる腸腫瘍治療の可能性を検証する。Hes1に関しては、ポリD,L-乳酸マイクロスフェアやゼラチンなどを利用したドラッグデリバリー・システムの改善も試みる。また、平成25年度に樹立する抗Dcamkl1抗体を用いた抗体医療の可能性も検討する。抗Dcamkl1抗体をサポリン標識し、標識抗体が細胞内に取り込まれた場合にDcamkl1陽性細胞を特異的に障害するかどうかを、ヒト大腸癌細胞株およびApcMinマウスを用いて検討する。3.Dcamkl1陽性細胞をFACSにより採取し、Dcamkl1陽性細胞特異的に発現する因子を検討する。それら因子に対して、上述のsiRNAを用いた機能解析を行い、正常幹細胞を障害しない、「癌幹細胞特異的治療法」開発への展開を検討する。
今年度行ったノックアウトマウスの作出・検討に際し、予定より若干の遅れが生じたため、飼育費用として計上していた経費に余剰が生じ、次年度への繰り越しとなった。平成25年度には、上記繰り越し研究費も含め、これまでに得られた結果、および上述の推進方策に則って、以下を計画する。1.Hes1, Dcamkl1の機能解析を行うために、種々のsiRNAを合成する他、多量の細胞培養を行う。そのため、細胞培養費用、核酸合成費用等の消耗品費を計上する。また、生体内での効果を検証するためのドラッグデリバリー・システム検討のために、高分子化合物の合成等に費用を要する。2.抗Dcamkl1モノクローナル抗体は作製途上であり、免疫マウス飼育、および腹水からのモノクローナル抗体精製等の費用を計上する。また、作製した抗体を殺細胞化合物で標識するための消耗品費も必要とする。これらの実験により、Hes1, Dcamkl1を手掛かりとする腫瘍幹細胞標的治療を包括的に検討する。上記の他に、マウスの組織解析費用、サイトカイン発現の解析のための消耗品費を中心とした支出も予定する。また、よりヒトに即した検討を行うために、ヒト大腸癌臨床検体の検討も視野に入れ、免疫染色に使用する抗体等の消耗品を購入する。さらに、これらの研究を進めるための情報収集、ならびに成果発表のための学会参加費、論文投稿費等を計上する。
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