サルモネラをはじめとした多くの病原細菌は、III型分泌装置と呼ばれる針状の分泌装置を用いて宿主細胞内へと病原因子(エフェクター)を送り込み、宿主細胞機能を撹乱する。III型分泌基質の基質選択性及びエフェクター分泌の構造メカニズムについては不明な点が多い。本研究では、サルモネラのIII型分泌装置がどのように分泌基質であるエフェクターとそれ以外の遺伝子とを見分けているのか、その基質選択と基質分泌のメカニズムを構造学的観点から明らかにしようと試みた。 申請者は以前から、III型分泌基質のN末端部位は翻訳速度が遅く、高度に揺らぎ負電荷の少ない特徴があることをバイオインフォマティクス解析により見出している。このN末端構造がIII型分泌装置の付け根に存在して分泌基質の構造を解きほぐすInvCアンフォールダーゼによって認識されると考えられた。分子動力学計算による検討から、この揺らいだ不安定なN末端構造が、InvCとの相互作用によって、エネルギー的に安定な結合状態へ移行することを示した。申請者は、このIII型分泌基質に見られる高度な揺らぎと負電荷の欠如という認識配列の特徴が、細胞質に存在するClpXPプロテアーゼの基質認識と類似していることに着目してClpXPと基質間の大規模相互作用実験を行ない、40件の既知エフェクターのうち半数以上がClpXP基質であることを明らかにした。以上の結果から、III型分泌装置による基質分泌の際に、分泌装置の入り口にあるアンフォールダーゼInvCと基質との相互作用の安定化によって基質選択が行なわれており、さらにInvCはClpXPプロテアーゼによる基質認識と類似の認識様式で基質と結合していることが示唆された。翻訳速度の遅延は細胞質側に存在するClpXPによって優先的に分解されるのを免れ、エフェクター分泌時に細胞膜付近に存在するInvCが効率的に認識するために重要であるという新しい分泌メカニズムのモデルを確立した。
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