研究課題/領域番号 |
25289307
|
研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
横田 久美子 神戸大学, 工学(系)研究科(研究院), 助手 (20252794)
|
研究分担者 |
田川 雅人 神戸大学, 工学(系)研究科(研究院), 准教授 (10216806)
|
研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2018-03-31
|
キーワード | 原子状酸素 / 窒素分子 / 材料劣化 / 複合効果 / 超低地球軌道 |
研究実績の概要 |
これまで30年以上にわたり宇宙環境における主要な材料劣化要因としては化学的に活性な原子状酸素の影響が考慮されてきたが、昨年、化学的には不活性な高質量原子の衝突が一部材料の質量損失に対して大きな影響を及ぼしている可能性が本申請者と米国研究者の研究により独立に明らかにされた。これを受けて、本研究では窒素分子や二酸化炭素など高質量分子衝突による劣化現象に対して、影響を受ける材料の範囲、高質量原子衝突と原子状酸素、紫外線、温度などのシナジー効果の有無と発現条件を明確化し、宇宙工学上のインパクトを定量的に精査することを目的とする。さらにNASA研究者の協力により、過去の宇宙実験結果を本研究により得られた結果に基づいて再検証し、これまで宇宙曝露実験と地上試験結果の不整合として知られていた宇宙材料工学上の問題を、高質量原子衝突現象およびそのシナジーを考慮することにより解決することを目指すものである。 平成26年度には温度可変ステージを用いて+70℃における紫外線同時照射効果について原子状酸素とアルゴンビームについての個別照射実験を実施し、複合効果における温度依存性に関する解析を行った。 平成27年度には原子状酸素とアルゴンの混合同時照射効果について実験を実施するとともに、簡易型クロスビーム実験装置への装置改造を行った。 それに引き続き、平成28年度には簡易型クロスビーム実験装置を用いて、原子状酸素とアルゴンの照射タイミング、アルゴン衝突エネルギーに対する依存性、アルゴンビームフラックスの効果について明らかにした。その結果、これまで宇宙環境における材料劣化に対して無害と考えられてきた高エネルギー窒素分子衝突(実験ではアルゴン衝突で模擬)が、複合効果により原子状酸素誘起材料劣化に大きな影響を与えることを見出した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
平成25年度にビーム中のアルゴン、窒素分子、原子状酸素および酸素分子の定量化手法を確立したのに引き続き、平成26年度には温度可変ステージを用いて複合効果における温度依存性に関する解析を行った。その結果、FEP/Agでは高温ほど質量損傷率が増大すること、原子状酸素と真空紫外線を同時照射では温度が高い条件下で複合効果が顕著に確認されること等が確認された。これらの実験結果は原子状酸素と紫外線の複合効果では熱活性化過程を伴う化学反応が律速していることを示唆するものである。一方、アルゴンビームを単独照射した場合の材料劣化は原子状酸素単独照射による劣化量と比べて小さいことが実験の結果示され、低地球軌道における材料劣化反応は、酸化反応、主鎖切断反応、光励起脱離反応、衝突励起脱離反応、昇温脱離反応等が同時に生じる複合反応系であり、全体の劣化現象の理解には個々の反応を定量的に評価する必要性があることが明らかになった。さらに平成26-27年度にかけてレーザーデトネーション装置を2基組み合わせた世界初のクロスビーム装置を実現し、アルゴンビームと原子状酸素ビームを同時に照射した場合の材料劣化特性を詳細に検討した。その結果、これまで宇宙環境における材料劣化に対して無視されてきた高エネルギー窒素分子衝突が、原子状酸素誘起材料劣化に大きな影響を与えることを世界で初めて定量的に検証した。 本研究の研究遅延の原因の1つであるイオン検出器(浜松ホトニクスH8285)の生産中止問題は、再生産の可能性がメーカーから回答されたが、進展が極めて遅く研究年度内に実用化は困難と判断した。さらに研究代表者が本プロジェクトに割く研究時間が制限されていること、平成28年度に開催予定であった本分野の国際会議ICPMSEが順延されたこと等もプロジェクト実施に対して遅延の原因となった。
|
今後の研究の推進方策 |
本研究により、超低軌道における高質量原子の衝突では多くの外的要因が材料劣化に影響することが確認され、中性原子・分子同時衝突現象に限っても、エネルギー、フラックスなど多くの要因を整理した実験が必要であることが明らかになった。超低軌道宇宙環境における極めて複雑な化学反応を定量的に解析するためには、単純化した実験条件下でのパラメータ可変実験が不可欠であることから、本プロジェクトでは、ビーム形成自由度の大きなデュアルビームシステムを構築し化学反応の律速過程を明確化している。平成28年度にはクロスビーム実験装置を用いて、原子状酸素とアルゴンの照射タイミング、フラックス依存性等について明らかにし、さらに軌道上データの再検討を行った。なおイオン検出器の生産停止による影響により実験のスループットが低下したため研究項目を絞り込んだ。平成29年度も現状ではイオン検出器の追加は不可能なため、簡易的ながら「化学的に活性な原子状酸素」と「不活性分子の高エネルギー衝突」を独立に制御できるシステムを用いて律速反応について詳細な実験を実施する予定である。これにより不活性分子の高エネルギー同時衝突の影響を定量的に解析でき、軌道上データのより高精度な再検討に資することが可能となると期待される。平成29年度には平成28年度に積み残した課題について実験を実施する予定であるが、現状ではエフォートどおりに研究時間を割くことは難しいことが問題である。また平成29年度末にはJAXAの超低高度技術試験機(SLATS)の打上げが予定されており、いよいよ軌道上での材料劣化データが取得できる予定である。本研究で明らかになった現象が軌道上で観察されるか地上試験結果との比較を行う時期が来たが、詳細解析は次期科研プロジェクトならびにSLATSプロジェクトチームとの共同研究で実施することになるため、それらの準備を怠りなく実施してゆく。
|
次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度に開催が予定されていた本分野における国際会議ICPMSEが、ホスト機関の都合により平成29年度以降にずれ込んだこと、生産中止および再開に伴うH8285の購入が延期され、結局期間内に間に合わなかったこと等の理由により平成28年度の使用額が少なくなった。
|
次年度使用額の使用計画 |
ICPMSE関連の旅費は他学会に振り替えて2017年度に成果発表を行う予定である。H8285はメーカーからは再生産可能と連絡があったが、進捗が遅いため本プロジェクトでの購入は困難と判断した。本研究に関しては、これまで無視されてきた宇宙環境要因が材料劣化に極めて大きな影響を与えることが証明でき、関連分野への影響が大きいので、当該コミュニティーに対する研究成果発表機会を増やす予定である。
|