1.平成25年・26年度の研究を通じて、信認義務違反の認定に際して考慮される取締役の主観的態様(要求されるグッドフェイスまたは注意の内容および水準)は、会社損害の発生原因と当該取締役の職務上の権限との間の直接的・間接的な関連性に応じて定まる傾向があることが明らかとなった。このとき司法上の審査は、個別の取締役を審査対象として職務分掌や専門的能力の有無を考慮に入れながら、具体的な事実に照らしながら行われるが、これは同時に、個々の取締役について帰責性の存否にかかる判断が区々となることを意味する。平成27年度は、帰責事由の主観的態様に関して、取締役個人ではなく取締役会メンバー全体に審査基準を設定するアプローチを考察することで、利益相反の形式にとらわれない、より一般的かつ統合的なグッドフェイスおよび忠実性の意義とその具体的内容の探求に努めた。 2.具体的には、株主代表訴訟に際して株主の事前の提訴請求を不要とするに足りる、取締役会自体の独立性またはその判断におけるグッドフェイス欠如のおそれを検討の対象とした。とくに特別訴訟委員会が組織された場合、(1)委員会メンバーの形式的独立性をもってグッドフェイスありと認め、伝統的な経営判断原則に従い当該委員会の判断を尊重することができるのか、それとも(2)経営判断原則にかかる形式的・手続的要件とは別に、裁判所が取締役会の利害中立性または合理的判断の期待可能性について実質的審査をなしうるかをめぐって、判例・学説で見解が分かれている状況を把握した。そして従前の研究成果とあわせて米国会社法学における忠実義務規範の構造および目的の探求に努めた。 3.以上の研究の過程で得られた知見のいくつかは、(1)中国清華大学法学院における研究発表(2015年11月)、(2)取締役の義務規範および経営判断原則に関する解説(酒井太郎『会社法を学ぶ』)でも言及されている。
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