本研究は、脊髄にエネルギー代謝を引き起こす固有の機構があることを検討することを目的とした。エネルギー代謝には呼吸循環系による酸素運搬が必要である。昨年度は延髄と脊髄が分離していると考えられる頸髄損傷者を対象として、立位姿勢での他動歩行を行った。他動歩行中には、脊髄神経回路に由来する筋活動が下肢筋群に生じることから、この筋活動に伴って脊髄レベルで自律神経系が興奮し、呼吸循環反応が引き起こされると想定した。しかしながら、立位姿勢での他動歩行は、起立性の呼吸循環反応が生じることから、他動歩行そのものに由来した呼吸循環反応を抽出することが困難であった。 そこで、本年度は起立性呼吸循環反応が生じない仰臥位姿勢にて他動歩行を実施できる器具を開発した。この他動歩行器具では、足底にかかる圧力を変えることができる。足底への圧力は、脊髄神経機構に由来した下肢筋活動の誘発に重要な要素である。もし、足底へ圧力が加わる場合に、高い自律神経活動が得られれば、脊髄固有の循環調節機構が存在する可能性を示唆できると考えた。 対象者は男性健常者8名であった。安静時および他動歩行中の心拍変動の低周波数成分 (LF)と高周波数成分(HF)をそれぞれ算出した。LF/ HFを交感神経活動の指標、HF/(LF+HF) を副交感神経活動の指標とした。これらの指標それぞれについて、安静時の値に対する他動歩行中の値の割合を算出した。LF/ HFについては、圧力有の条件では152±86%、圧力無の条件では100±66%であり両者に有意差は認められなかったが、8名中6名では圧力有の条件の方が高い値を示した。一方、HF(/LF+HF)については、圧力有の条件では93±40%、圧力無の条件では129±81%であり両者に有意差は認められなかったが、8名中6名では圧力有の条件の方が低い値を示した。
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