研究課題/領域番号 |
25590264
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研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
杉崎 哲子 静岡大学, 教育学部, 准教授 (30609277)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 書字指導 / 書き進め方 / 持ち方 / 筆圧 / 把持圧 / 筆記用具 |
研究実績の概要 |
平成26年度は、前年度に構築した「漢字学習の新指導法」の効果的な示し方を具体的に探究した。特に大きな成果は「書く過程」を示す際の根本部分である筆記具の持ち方を科学的に検証できたことである。調査に使用した感性工学の機器ハプログは、化粧品メーカーが「クリーム」の伸び具合(滑らかさ)を計測するために開発した。指の爪部分に装着したゴム状のセンサーでは、物を押さえた際の指先の皮膚の変形具合から把持圧を計測できる。これまで使われてきた指先あるいは筆記具に装着するセンサーとは異なり、指先と筆記具との接触面を覆わないため、軸の太さや用紙の摩擦などの幾つもの異なる条件に左右されることなく、筆記具を持ち替えても変わらない筆記具が接触する指先部分の感性を計測することが可能になったのである。同時に筆圧の計測をしたため、多様な筆記具による把持圧(指先にかける力)が、効果的に筆圧として生かされているかについて、持ち方との相関性からも分析できた。 かつて「毛筆把持による硬筆の持ち方改善」について仮説を立てたものの憶測に留まっていたが、今回、そのメカニズムを検討することができた。感覚的にとらえるしかなかった毛筆の教具としての有効な特徴である「緩衝作用」を、はっきりとグラフ上に示すことができたことは、大変意義深かった。また、熟達者と大学生、小学生とのグラフの比較を点画の種類ごとに示せたため、手指の関節可動域をうまく生かした適切な筆圧を保障できる持ち方(把持圧)の重要性を確認するとともに、点画の書き進め方を可視化することもでき、今後の運筆指導の有効な情報となった。 さらにチェンナイ補習授業校での実践を通して、漢字学習に留まらない国語学習における「手書き強化」の効用についても書きまとめることができた。電子黒板への投影を視野に入れたアプリ化の構想もまとめたため、今後形にしていきたいと考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初予定していた計測機器以上に高性能で、しかも同一条件である指先に着目して計測できる機器を貸与することができたため、多様な筆記具について、把持圧や筆圧の計測や比較が可能になり、筆記具の特性を明らかにできた。また、熟達者、大学生、児童の計測結果を「点画の種類」毎に比較したため、適切な筆圧を保障できる持ち方や書き進め方、力の加え方などを確認することができた。特に、毛筆の筆使いについては、人差し指や親指をどう動すかという具体的な運筆指導を、グラフ上に可視化して示すことができた。 さらにチェンナイ補習授業校での実践では、漢字学習に留まらない「手書き」の効果を確認できた。具体的には「姿勢執筆指導の重視」や「運筆の仕方の具体化」を可能にし、書写的な視点が漢字学習に効果的であることを確認できただけでなく、「書写から作文への導線を提示」し、「音読」との関係や「なぞり、視写から聴写」への展開も検証できるなど、予想以上の成果が得られた。今後のICT化促進やグローバル社会においても「手書き」の意義を発信していきたいと考えている。 文字を書くことを発展的にもとらえ、本学教育学部附属静岡中学校の総合的な学習「追求」での実践においても、文字を「書き進める」ことの体感が、国語学習として「情動」の意味も含めて意義深いということが明確になった。アプリ化に関しても、基本的な構想をまとめることが出来たため、おおむね順調に達成したと考えている。日程の関係で持越した検証のための実践を平成27年度の前半に実施し、改めてまとめ上げることになっている。
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今後の研究の推進方策 |
今年度、デジタル教科書やパワーポイント使用の教材、DSの漢字習得ソフトなど、漢字学習や特別支援の書字教育の目的で出されている既存のデジタル教材の内容について精査を加えた。その結果、筆圧のかけ方や始筆への意識、転折での押さえなどの指導のポイントを明確にできた。そこで、今後は、特に「書く過程」を手指の動かし方という視点でとらえ、デジタル化でどう示していくと効果的であるかについて、さらに追究する。 電子黒板は、画面に触れて映像を操作したり線を引いたり色を塗って絵を描くなどすることが可能なビジュアル教材機器である。映像を見せると口頭の説明では難解な部分の理解を助け、より直感的な学習が可能となる。見せること(アウトプット)と書き込むこと(インプット)を同時に、しかも大写しにできるので、これまで学習者が机上で悩みながら学習してきた環境から、教室の児童・生徒たち全体で共有できる。そのため電子黒板用の教材開発を目指して進めてきたが、業者に依頼したアプリ制作の見積もり額が予想以上に大きかったため、まずは書籍の形にしていくことを積極的に進める。またiPad上で使用できるアプリ化にも着手し、一人ひとりを対象として実際に自分の意志で身体を動かして体感させ、自学に生かせるようにしたいと考えている。ipad上に書くという行為自体が児童・生徒の興味・関心につながり、可視化することによって紙面に書字したり空書したりするだけでは十分意識のできなかった筆圧や書くスピード等の実感が容易になると考えている。入力行為自体し着目すると、左手書字の問題を等閑視することはできないので、今後は、特に左利き児童生徒の書字指導を中心に進めていきたいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
持ち方や書き進め方の基本を学習する入門期について、本研究の成果を生かして実践を行い、指導法を検証する予定で進めてきた。しかし大学の教育活動の合間に研究をする都合上、平成26年度末の平成27年3月には検証実践の時間を確保することができなかった。 特に左手書字に関しては、文献調査、実態調査ともに、充足させるにはまだ時間を要する。さらに、小学校に就学して書字指導が開始される時期は限られているため、その調査時期に合わせる都合上、年度を越えて繰り越しの申請をした次第である。
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次年度使用額の使用計画 |
夏季休業期間以外では検証実践の実施は難しく、その時期には、国内の学校に実践協力をお願いすることができない。そこで、入門期の文字指導についての研修要請を受けたヤンゴン日本人学校に協力を仰ぎ、1年生担当の伴野教諭と打ち合わせて平成27年の夏に、ヤンゴンに実践することにしたため、渡航旅費や実践に必要な教材の購入、また実践に向けての文献調査費用への充当を予定している。 国内の小学校には、入門期の指導や「左手書字」に関するアンケート調査、筆記具の持ち方の実態調査に出かけていくことを予定しているため、その旅費を計上する。また、元北陸職業能力開発大学校教授の滝本氏に協力いただいて、左手書字の場合の筆圧測定を実施するため、大学等の調査場所への旅費や調査業務に対する謝金も必要である。被験者である大学生や小学生には、謝金に相当する文具等をわたすことを計画している。
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