研究課題/領域番号 |
25780077
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
橋本 有生 早稲田大学, 法学学術院, 助手 (90633470)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 成年後見 / 身上監護 / 意思決定支援 / 自由剥奪 / 障害者権利条約 |
研究実績の概要 |
本年度は、判断能力を欠く者の身上監護事項のうち特に本人の自由剥奪に関する議論を中心に検討を行った。その研究の概要は、以下の通りである。 1 わが国の法のあり方について考察するための素材として、イギリス法の状況を調査した。イギリスでは、2007年に「自由剥奪セーフガード(DoLS)」という諸規定が2005年精神能力法(Mental Capacity Act 2005)に新しく組み込まれ、判断能力を欠く成年者の自由が剥奪される状況においてとられなければならない手続きが細かく規定された。まずは、そのような制度が新しく導入された経緯について、欧州人権裁判所の諸判決との関係に着目し、検討する作業を行った。つぎに、DoLSの規定の具体的な中身について整理し、現行制度の問題点を洗い出した。その作業の過程において、2014年3月に下されたイギリスの最高裁判決を機に、立法後とられてきた従来の自由剥奪に関する規制のあり方が大きく転換される可能性があることを明らかにした(「同意能力を欠く成年者の自由剥奪をめぐるイギリス法の現状と課題」早稲田法学会誌65巻2号249-299頁)。 2 昨年度に引き続き、カナダにおける成年後見メディエーションに関する調査を行った。本年度は、実際にトロントに赴き家族法情報センターを訪問するほか、現地の研究者とコンタクトをとり、有益な資料を得た。 3 わが国における判断能力を欠く成年者のための自由剥奪セーフガードを検討するにあたり、とくに障害者権利条約12条および14条の意義と締約国に対する要請を分析した。本研究と上記1および2の研究によって得られた知見を基に、わが国が将来とりうる一つの手続きモデルを提示した。その成果は、今年度提出した博士論文「判断能力を欠く成年者の居所および面会交流の決定をめぐる法的課題の研究」の一部にまとめた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、イギリスの2005年精神能力法が規定する身上監護に関する研究を深め、一定の成果を挙げた。これは、昨年度一部変更した研究計画に相違ない内容である。 1 DoLSの制定に大きな影響を与えた欧州人権裁判所のHL事件判決を検討し、当時のイギリス法のどの点に不備があるとされたのかを具体的に明らかにした。そして、HL事件判決を含む欧州人権裁判所の諸判決から精神障害者の自由の剥奪に関する欧州人権条約上のルールを抽出し、それらのルールがDoLSに反映されている点を明らかにした。さらに、200条以上の附則、2つの行政規則および全125頁にわたる行動指針によって構成されるDoLSの下では、どのような手続きに従って判断能力を欠く成年者が病院やケアホームに収容され、その自由が剥奪されるかを明らかにした。この作業と共に、DoLSの適用に関連して裁判所に持ち込まれたケースから、現行法に対して実務からどのような問題が指摘されており、それに対して裁判所がどのような解決策を提示しているか、ということを分析した。他にも2005年精神能力法立法後調査において指摘される現行法の問題点を明らかにした。 2 障害者権利条約14条の下で精神障害者に対する自由剥奪を許容されうる場面および締約国が導入すべき自由剥奪セーフガードの態様について検討した。また、カナダ諸州でとられる判断能力を欠く成年者の意思決定のための制度を検討した結果、それらが同条約12条の要請する「支援型」アプローチになじむものとの所見を得た。カナダ諸州の制度については、次年度も引き続き調査していく予定である。 3 以上の研究によって得られた知見から、わが国における判断能力を欠く成年者の自由剥奪セーフガードの一試案を描くところまで到達した。この点については、次年度以降、慎重に検討しなおし、紀要等で公表したいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
次年度においては、これまでの研究をさらに深め、本年度方向性を示したわが国における自由剥奪セーフガードの構想を公表すること、身上監護に関する意思決定制度の将来像を検討する予定である。そのために、下記の2つの作業を行う。 1 「支援型」アプローチとして参考になると思われるカナダの諸州の制度について引き続き詳しく調査する。10月にブリティッシュコロンビア州で行われるカナダ高齢者法センター主催の国際会議に出席するほか、現地での調査および研究者との意見交換を行う予定である。 2 わが国において、判断能力が不十分な成年者の生活とかかわる各機関-各市町村等の自治体(地域包括支援センター)、社会福祉協議会、医療・介護従事者、後見人等および家族-に関して、①その職務権限および責任、②司法―裁判所―との関わり、および③各機関の連携について検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の実施計画では前年度に行う予定であったイギリス法の研究の多くを本年度に実行することにしたため、既に昨年度収集・購入していた図書資料および電子ジャーナルの使用権を利用することによって、問題なく研究を遂行することができたため、物品費の支出が予定額よりも少なくなっている。
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次年度使用額の使用計画 |
本年度は、次のような形で研究費を使用する予定である。 1 カナダ法の研究にあたっては、ブリティッシュコロンビア州にて行われる高齢者法の政策に関する会議に出席するとともに、現地の研究者と意見交換をする予定であるため、その渡航費および滞在費として使用する。 2 前述のように、日本において判断能力が不十分な成年者の生活支援の担い手となりうる諸機関の連携について検討するに当たり、実務がどのように動いているかということを調査する必要がある。そのため、自治体、施設および専門職等にインタビューを行う予定である。
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