本研究は、民法(債権関係)改正の中で不安の抗弁権がどのように位置づけられるのか、従来の解釈論にどのような影響が生じるのかを明らかにすることを目的としていた。3年間の研究期間中、民法改正は実現せず、不安の抗弁権規定も立法化されないこととなった。しかし、中間試案で提示された立法提案およびその後の立法化断念に至る議論から、倒産手続と不安の抗弁権との関係を整序することの重要性が明らかになった。すなわち、中間試案では、倒産手続開始の申立てが反対給付請求権の危殆化を示す代表例として明示されることとされたが、これに対して、不安の抗弁権が倒産手続の遂行にとって障害になるので立法化するのは妥当でないとの批判が生じたのである。しかし、倒産手続開始の申立ては本当に反対給付請求権の危殆化を示す代表例として適切であるのか、不安の抗弁権が倒産手続の遂行にとって本当に障害になるのかという点は、これまであまり論じられてこなかった。 そこで、この問題の検討を本研究の中心に据え、従来のわが国の解釈論を整理したうえで、ドイツ法およびスイス法における法状況を調査し、そこからわが国の解釈論への示唆を得ることとした。 その結果、倒産手続開始の申立てそれ自体は、たしかに反対給付請求権の危殆化を示す事由であるが、その直後の手続開始決定により再び反対給付請求権の危殆化は浮動的な状況となり、その後の倒産手続の中で反対給付請求権の危殆化が再度生じるのはむしろ例外的な事態であることが明らかになった。すなわち、契約の履行が選択され、かつこれによって反対給付請求権が優先的地位を得てもなお満足を受けられないほど財産が乏しい場合に限られる。したがって、倒産手続開始の申立てを不安の抗弁権の中心的要件である反対給付請求権の危殆化の代表例として挙げることは適切でないし、不安の抗弁権が倒産手続の障害になることもほとんどないことになる。
|