研究課題/領域番号 |
26380365
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研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
菅 万理 兵庫県立大学, 経済学部, 准教授 (80437433)
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研究分担者 |
鹿野 繁樹 大阪府立大学, 経済学研究科, 准教授 (80382232)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 回帰非連続デザイン / 動学的離散選択モデル / 引退 / 操作変数法 / 社会参加 / 生活習慣 / パネルデータ / 健康 |
研究実績の概要 |
本研究は、中高年者を対象とした大規模パネルデータを用い、労働市場からの引退が身体的・精神的健康状態や社会参加、生活習慣に及ぼす効果を測定するものである。 健康状態の悪化が引退の主要な決定要因であることは広く知られた知見であるが、引退から心身の健康状態など様々なアウトカムへの効果については、相反する結果が先行研究でも報告されるなど、まだまだ不明な点が多い。本研究では、引退が個人の行動や健康に及ぼす効果を計量分析によって識別し、働く意欲や能力がある高齢者が外生的な理由で引退する場合の健康への効果を明らかにし、高齢者雇用に関する政策提言の根拠となる知見を得ることを目的とする。 ところで、健康状態、経済状況、家族環境、生活習慣、余暇活動などは、引退と内生性を持つと考えられ、それらが後の健康状態にも影響を及ぼすと考えられる。本研究では先端の計量経済学的手法を用いることで引退の内生性を考慮し、労働市場からの引退の効果を計測する。まずは操作変数法や回帰非連続デザインを用いた静学的な分析によって引退と様々なアウトカムとの因果関係を検証し、さらにパネル離散選択モデルの近年の成果を応用し、引退の動学的な効果も明らかにする。 具体的には研究期間内に次の4点を明らかにする。(1)健康状態の変化・所得の変化を考慮して、引退が社会参加・生活習慣に与える影響 (2)社会参加・生活習慣の変化、所得の変化を考慮して、引退が身体的・精神的健康に与える影響 (3)パネルデータを用いた動学的離散選択モデルの拡張とその妥当性 (4)定年をはさんだパネル調査におけるサンプルの脱落問題の検証と対処法の考案。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成28年度には、前年度に行った研究仮説・分析モデルの検討と選択に基づき、代表制のある大規模パネルデータである「中高年者縦断調査」の調査票情報を用いた分析を行った。 まずは、生年によって年金支給開始年齢が異なることを利用した操作変数法を用いて、引退が様々なアウトカム(喫煙、多量のアルコール消費、運動習慣、主観的健康感、精神的苦痛の有無)に及ぼす効果を推定した。引退時の一時的な効果と引退後の漸次の効果を識別した結果から、基本的に引退は健康、生活習慣に良い影響を与えることが明らかになった。男性では、引退は運動習慣を促進し、主観的健康感、精神状態に良い影響を与えていた。さらに、引退後漸進的に禁煙、運動習慣を促進していた。女性の場合、引退時に運動習慣が促進され、精神的苦痛を減少させていた。これらの結果をまとめた論文は、査読付雑誌に投稿後、年度末に掲載が確定した。 一方、調査実施当時日本の企業の大半が60歳定年退職制を採用していることを利用した回帰非連続デザインを用いて、外生的な引退、つまり定年退職が個人の余暇活動や社会参加に及ぼすインパクトを推定した。先行研究の結果との比較検討を行うため、定年年齢を就労していないことの操作変数として利用した計量分析も併せて行った。データ分析の結果、年齢効果、働いていないことの効果を取り除いても、定年退職が個人の社会参加への態度に対してインパクトを持つことが明らかになった。そのインパクトは、回帰非連続デザインの文脈で言うところの回帰線の「ジャンプ」というよりも、むしろ定年年齢を境として、回帰線の傾きが急なる、いわゆる「キンク」として現れた。つまり、定年退職時に一気に参加確率が上昇するのではなく、定年年齢をきっかけに、その後1年ごとに参加の確率が上昇していた。この研究結果に基づいた英文研究論文は国際学会で発表後、学術誌に投稿を行った。
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今後の研究の推進方策 |
当該研究課題の最終年度に当たる平成29年度は、「中高年者縦断調査」のマイクロデータを用いた計量分析に基づいた研究論文の執筆を集中的に行う。前述の定年退職の社会参加に対する効果についての論文に加え、同じく回帰非連続デザインを用いて健康、生活習慣やその他のアウトカムに関する分析・論文執筆を性急に進める。 最終年度である今年度には、これまでの静学的な分析から得られた知見を参考に、多次元の離散動学モデルに基づく仮説の実証のための推定を行う。結果が得られた時点で、学会・研究会で速やかに報告を行い、再推定やより精密な計量モデルにフィードバックしながら論文の執筆を進める。年度を通し、研究成果を速やかに研究論文としてまとめると同時に学会報告、査読付き雑誌への投稿などを積極的・効率的に行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
最終年度である29年度は、より迅速に論文執筆、英文学術誌への投稿を進めていく予定である。そのため、論文の英文校閲料、論文投稿料等に要する費用の確保が必要であり、一定額の予算の確保を行った。 また本研究は、医療経済学・計量経済学のみならず、公衆衛生学・疫学・老年学などの要素を含む学際的な内容であり、投稿する学術誌の分野も広範になる可能性がある。分野によってはオープンアクセスの論文公開を行っている学術誌もあり、掲載料が生じる可能性もある。疫学分野のオープンアクセスの平均的な掲載料は2000ドル前後であり、必要が生じた場合も考慮し、その分の予算を留保している。
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次年度使用額の使用計画 |
研究結果を速やかに国内外の学会や研究会で報告するための旅費、集中的に英文論文の執筆を行うことから、英文校閲謝金や論文投稿料などに、重点的に研究費を使用する予定である。 また、不確定ではあるが、オープンアクセスの論文掲載料に充てる場合も想定する。
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