研究課題
グリコーゲン合成酵素キナーゼ3β(GSK-3β)によるミトコンドリア透過性遷移孔(mPTP)の分子制御機構の解明を目的として研究を進めている。これまでに(1)GSK-3β抗体による免疫沈降物を用いた二次元電気泳動によりVoltage dependent anion channel 2(VDAC2)との相互作用がGSK-3βのミトコンドリア移行に寄与すること、(2)GFP標識GSK-3β蛋白のN末端の各種点変異体のミトコンドリア移行効率を蛍光time-lapse顕微鏡で観察することにより、N末端の一部アミノ酸がミトコンドリア移行シグナルとして機能していることを見出した。GSK-3βはそのリン酸化状態によりmPTP制御および細胞生存/細胞死に相反する影響を与える。すなわち、リン酸化/非活性化状態ではmPTP開孔/細胞死を抑制するのに対して、非リン酸化/活性化状態ではこれを促進する。そこで、GSK-3βのリン酸化を制御する上流のキナーゼ、ERKおよびAktのミトコンドリア移行、ミトコンドリア内での局在、リン酸化状態およびその調節機構について検討を開始し以下の成績を得た。(i)酸化ストレスによりGSK-3βと同様にERKおよびAktのミトコンドリアへの移行が促進sれた。ERKは主にミトコンドリア外膜へ、Aktはミトコンドリア外膜、膜間スペース、内膜へ分布した。(ii)一方、リン酸化ERKおよびリン酸化Aktは酸化ストレスにより全ミトコンドリア分画で著明に減少した。リン酸化GSK-3βの蛋白量はリン酸化ERK、リン酸化Aktの蛋白量と相関していた。(iii)IGF-1の投与により酸化ストレスが惹起するERK、Akt、GSK-3βの脱リン酸化は抑制され、リン酸化ERKはミトコンドリア外膜で、リン酸化Aktはミトコンドリア内膜で、リン酸化GSK-3βは外膜および内膜のいずれでも増加した。(iv)ERKおよびAktの特異的な脱リン酸化酵素であるDusp5およびPHLPP1の動態について検討した。酸化ストレスによりDusp5は主にミトコンドリア外膜で、PHLPP1は内膜で増加した。
2: おおむね順調に進展している
当初設定した実験計画に沿って研究をすすめ、概ね順調に進展している。GSK-3βがミトコンドリアへ移行する機序についてはその結合蛋白であるVDAC2と、GSK-3β自体のN末端に存在するミトコンドリア移行シグナルが寄与することを明らかにした。さらに、今後行う予定であったin vivoの実験系の手技もほぼ確立されていた。しかし、予備実験でミトコンドリア内GSK-3βのリン酸化を制御する興味深い機構を示唆する成績が得られたため、一部予定を変更して新しいシリーズの実験を追加、先行しておこなっている。すなわち、ミトコンドリア内でも外膜、膜間スペース、内膜とその分布部位によって、内膜上に存在するmPTPの制御に対する影響が異なる可能性が考えられたため、ミトコンドリア内の局在をさらに詳細に検討することとした。ミトコンドリア内の総GSK-3βとリン酸化GSK-3β、および上流のキナーゼであるERKとAktのミトコンドリア内局在とリン酸化状態、ERKやAktのリン酸化を制御する脱リン酸化酵素であるDusp5、PHLPP1のミトコンドリア内の局在を酸化ストレスやIGF1存在下で検討することとし、実験を遂行している。
現在行っている追加実験で一定の実験結果が得られた後に、当初の予定どおりに、片腎全摘および残存腎の2/3摘除を行った腎不全と心不全の合併モデル、糖尿病による心筋拡張機能障害モデルを用いた実験へと進みたい。いずれの心不全モデルも予備実験でコンダクタンスカテーテルを用いた左室内圧容積曲線により、軽度の収縮能障害および拡張期能障害が誘導されることを確認している。これらの心不全モデルでGSK-3βの修飾が心不全に与える影響について検討する。現時点では以下の実験を計画している(i)ミトコンドリア内膜上のGSK-3βのリン酸化はmPTP開孔を抑制し、細胞保護的に機能することが予測される。そこでGSK-3βの上流でそのリン酸化を誘導するERKやAktの活性を負に制御する蛋白脱リン酸化酵素であるDusp5とPHLPP1をsiRNA法により発現抑制し、酸化ストレスによる細胞死におよぼす影響を検討する。(ii)酸化ストレスによるGSK-3βのミトコンドリア移行はその活性依存性に細胞死を促進することを示したが、ミトコンドリアに移行した状態においても上記の介入により、内膜上でのGSK-3βリン酸化を強力に促進した場合、むしろ細胞死を強力に抑制する可能性もある。そこでVDAC2のノックダウンやN末端のミトコンドリア移行シグナル点変異挿入によりGSK-3βのミトコンドリア移行を抑制し、さらにDusp5/PHLPP1ノックダウンにより内膜上のGSK-3βリン酸化促進した場合に相加的に細胞死抑制効果が得られるか検討する。(iii)GSK-3βのVDAC2との結合部位、またはN末端の相補ペプチドを設計し、その効果を単離心筋細胞で確認する。さらに相補ペプチドを発現するプラスミドをトランスフェクションすることにより心不全が改善するのか、上記の心不全モデルを用いてコンダクタンスカテーテルによる左室圧容積曲線や心エコーを用いて検討する。
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J Mol Cell Cardiol
巻: 80 ページ: 136-45
10.1016/j.yjmcc.2015.01.004.