研究課題/領域番号 |
26461945
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
下田 雅史 大阪大学, 医学(系)研究科(研究院), 特任助教(常勤) (30644455)
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研究分担者 |
直居 靖人 大阪大学, 医学(系)研究科(研究院), 助教 (30646211)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 乳癌 / trastuzumab / HER2陽性乳癌 / 抗HER2抗体 / TGF-β |
研究実績の概要 |
本研究は、HER2陽性乳癌に対する標準治療薬である抗HER2抗体trastuzumab (Tzm)の耐性獲得機序にTGF-β/SMAD経路が関与するかどうかを解明することを目的としている。初めに、HER2陽性乳癌細胞株SKBR-3をTGF-βで14日間刺激しTGF-β/SMAD経路を持続的に活性化させることで、TzmおよびHER2 kinase阻害剤であるlapatinib (Lap)に対する耐性化が生じることを見出した。また、TGF-βの下流にあるSMAD3がリン酸化され核内移行することを確認した。そこで、SMAD3の特異的阻害剤であるSIS3を添加したところ、Tzm/Lapへの耐性化が完全に解除された。なお、PI3K阻害剤でTGF-β/PI3K/AKT経路を阻害してもTzm/Lapの耐性化は解除されなかった。以上より、TGF-β/SMAD経路の持続的活性化がTzm/Lapの耐性化を誘導することがわかった。TGF-β/SMAD経路は上皮間葉移行(EMT)と幹細胞の誘導の主たるdriverである。そこで、これらのphenotypeの出現とTzm/Lap耐性化の関係について検討した。すると、EMTで誘導されるべきSNAI1/2やTWIST1などの転写因子およびEMTのマーカーはほとんど動かないにもかかわらず、乳癌幹細胞を多く含むCD44(+)CD24(lo)細胞分画の割合が劇的に増加し、mammosphere形成能も上昇していた。この細胞分画はSIS3で減少することもわかった。さらに他のHER2陽性乳癌細胞株を用いて同様の検討を行い、CD44(+)CD24(lo)分画が増加しないものはTzm/Lap耐性獲得が生じないことを見出した。以上より、TGF-β/SMAD経路によるTzm/Lap耐性化にはEMTの誘導よりも幹細胞化が深く関わっており、CD24の発現抑制が指標になることが判明した。また、時間経過を追って検討することで、ある複数の転写因子の発現がTzm/Lap耐性獲得と同じタイミングで変動することを突き止めることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
実験、解析等順調に進展している。 平成26年度に行うとした研究内容は (1) TGF-β刺激によってTzmへの耐性を獲得する系の確立 (2) TGF-β刺激によるTGF-β/SMAD経路の活性化およびEMTの誘導の検出 (3) Tzmの耐性獲得にはTGF-β/SMAD経路の活性化やEMTが関与しているかの検討であった。第1の目標は、HER2陽性乳癌細胞株にSKBR-3を用い、培養条件を工夫することで達成することができた。第2の目標を達成するため、種々の分子生物学的手法を組み合わせて解析をした結果、SKBR-3の系ではTGF-β/SMAD経路が活性化される一方で、EMTは生じないことが判明した。これはやや想定外の結果であったため、TGF-β/SMAD経路活性化のもう一方の帰結である幹細胞化が生じているかどうかを検討したところ、この仮説が正しいことが証明された。そこで、第3の目標を一部変更し、Tzmの耐性獲得にTGF-β/SMAD経路の活性化や幹細胞化が関与しているかを検討した。すると非常に興味深いことに、SMAD3の阻害によってTzm/Lapの耐性化が生じなくなることを見出し、さらにTzm/Lap耐性獲得には幹細胞化が密接に関わることを明らかにした。以上より、当初に掲げた3つの目標はほぼ達成されたと考える。本研究を臨床応用という観点で捉えた時、いままでに得た結果で非常に重要な点は、(1) SMAD3の阻害剤がTzm/Lap耐性化を完全に抑制したこと (2) Tzm/Lap耐性化を直接誘導する可能性のある複数の転写因子を見出したこと (3) CD24の発現抑制がTzm/Lap耐性化の指標となりうることである。特に前2者の結果から新たな治療標的が見出される可能性がある。このことは当初の目標には含まれておらず、その点では期待以上の成果を挙げていると言っても良いかもしれない。
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今後の研究の推進方策 |
今後は次の3項目を目標としてさらなる研究を進める。第1にCD24の発現とTzmの効果との関係を臨床検体を用いて検証する。本研究に用いた実験系ではCD24の発現抑制がTzm/Lap耐性化と完全に一致していたため、CD24がTzm/Lap耐性化の指標になりうると仮定した。そこで、Tzmによる術前化学療法を受けたHER2陽性乳癌患者から化学療法前に採取した乳癌組織を用い、そこでのCD24の発現と癌の縮小の程度に関連があるかどうかを検討する。当初の予定では遺伝子発現プロファイリングを行うことにより、Tzm/Lap耐性化を予測する遺伝子シグネチャーを作成することを目標としていた。しかし、CD24が指標となりうるのであれば容易に臨床応用できるため、まずはCD24の発現のみに着目し、Tzm/Lap耐性化を予測できるかどうかを検討する。遺伝子発現プロファイリングはCD24が有望でない場合にバックアップとして施行することにした。なお、この時点で本研究を論文化し公表する予定にしている。第2に、SMAD3の阻害がTzm/Lap耐性化を阻止する機序をより詳しく検討する。SMAD3をノックダウンしたらどうなるか、すでに耐性化した細胞にSIS3を添加することで耐性が解除されるかなどである。第3に、本研究で新たに見出されたTzm/Lap耐性化に関連する転写因子が、直接その耐性化を誘導するかどうかを検討する。例えば、その転写因子をノックダウンあるいは強制発現させた細胞を作成しTzm/Lap感受性試験を行う。以上より、Tzm/Lap耐性の程度を予測することができるか、また、新たな標的分子を阻害ないし活性化することでTzm/Lap耐性化が抑制できるかどうかを多面的に検証していきたい。
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