本研究は、キノロン耐性菌のみに奏功する放線菌由来の復帰抗生物質・ナイボマイシン、および同様の活性を持つ植物由来アピジェニンのような復帰抗生物質が自然界に存在する理由を考察することから始めた。一般には、抗菌薬濫用が耐性菌蔓延の原因、と理解されているが、仮にこれが真実であり、キノロン導入以前に耐性菌が存在しなかったのならば、自然は復帰抗生物質を産生する理由がない。そこで「自然界にはキノロン耐性菌が広範に存在しているのではないか?」と考え、それを証明することで、耐性菌に関する従来の見方に転換を迫ることを目的とした。 研究計画に従い、日本全国で環境菌を採取し、含まれるキノロン耐性菌およびその種を同定した。試料は経済活動が盛んな場所から、ほとんどヒトが立ち入らない箇所に至るまで、様々な条件下から選択した。解析の結果、環境中にはキノロン耐性菌が広範に存在していることを見いだした。さらに、キノロン耐性菌および復帰抗生物質耐性菌を分離しクラスター解析に供したところ、特定の細菌科にキノロン耐性と感受性菌の両方が存在するのではなく、キノロン耐性の細菌目と、復帰抗生物質耐性とは明確に区分された。加えて、復帰抗生物質耐性菌の見られる細菌目には、ヒト病原性を示す菌種が含まれるが、キノロン耐性を示すそれには、病原性を示すものが見いだせないことも示した。これは、進化過程において、たまたまキノロン感受性を示す菌が、ヒトに病原性を持つように分化し、キノロンが奏功していたことを示唆している。 さらに、新規抗菌薬を探索すべく、各地から採取した試料からメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やアシネトバクターなどの病原菌の成育を阻害する物質を産生する微生物を分離することにも成功している。現在、その物質の構造解析を進め、新奇性を検討している。
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