本研究課題は、〈美食〉を、アンシャン・レジームから革命期を経て 19 世紀に至る近代思想史の重要な転換点 における、〈社交性〉の概念と実践の変遷という広い展望のもとにおさめ、革命期以後の文化の生成において、アンシャン・レジームの遺産が果たした機能を見極めることを目的として出発した。 研究にあたってはまず、18世紀末から19世紀初頭にかけて生き、美食家として名を馳せたグリモ・ド・ラ・レニエールの美食を中心とした社会批判・食卓をユートピアのようにみたてる思想について再検討を行うことから始めた。この作業のなかで、そのようなユートピア的な発想が生まれることになった社会背景について、食という日常に近いところでの人々の暮らしはいかなるものであったのかについて、より詳細な検討が必要であることに気づくことができた。これを知るための格好の素材として、また同時にグリモに少なからず影響を与えた同時代の文人として、ルイ=セバスティアン・メルシエについての考察を行った。またその一方で、この時代の飲食における社交を考えるうえで欠かすことのできないカフェという空間についても考察を行った。 さらに、最終年度の成果として特筆すべきは、同時代の日本を比較対象としたことである。この時代の日本・フランスに直接的影響関係はないものの、市民社会の発展や飲食文化の飛躍的発展など、構造上の奇妙なまでの一致が随所に確認される。日本を適宜、対比研究の対象としておくことで、これまでなかなか見えてこなかったフランスの食卓「幻想」の特徴が、より一層明確になるものとの実感を得た。
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