国際規範の拘束力と影響力の課題に取り組むため,アメリカ合州国・イギリス・フランス・ドイツ・中国・日本を素材とし,各国憲法秩序における国際規範につき,その実施権限の配分原理を比較法的に探究した。これにより,憲法秩序における国際規範の法的効力は,従来の「直接適用」・「間接適用」の二分論ではなく,(1)狭義の直接適用の根拠としての効力,(2)司法審査の根拠たる裁判規範としての効力,(3)対話原理に基づく参照規範としての効力,という3種類に整理すべきことを主張した。 アメリカ合州国においては,連邦制のもとで原則として立法権限を有しているのは州であること,さらに,連邦の政治部門には国際規範に違反する憲法上の権限が認められていることを背景に,連邦裁判所による国際規範の実施権限は,州及び連邦の政治部門との関係で制約される。イギリスでは,議会が国際約束の実施権限を独占しており,司法府は立法府による実施立法なくして国際約束の実施権限を持たないのが原則であるが,EU法規範に関しては,European Community Actを通じて,司法府が一定の実施権限を行使するに至った。フランスにおいては,立法権優位という伝統的な考え方を背景に,憲法によって条約の法律に対する優位が明示されているものの,行政裁判所,司法裁判所,憲法裁判所の間でどの機関が条約の実施権限を行使しうるのか,という議論が存在した。ドイツにおいては,「国際法の普遍的規則」について裁判所が実施権限を行使するほか,国際約束については国際法調和性の原則を通じた連邦憲法裁判所の実施権限が認められる。他方,中国のように,権力分立を採用せず,国際約束の締結権限と立法権限の所在を一致させる国家もある。日本においては,全ての国家機関は憲法98条2項によって国際規範の遵守義務を負い,それぞれの権限の範囲内で,協働して国際義務の実施を行うことになる。
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