ヒトに対するトリチウムのリスクを推定するための研究のうち従来あまり行なわれていなかった分野を重点的に研究した。 1) トリチウム水による汚染事故がおきた時、もし皮膚に傷があったらどのくらいの速度で体内に吸収されるか。これを明らかにするため無毛マウス(雌、10〜13週令)を用い、マウスの背部に以下のような傷を作り、トリチウム水を滴下して血中への吸収を経時的に調べた。その結果、無傷マウスに比べて切傷は18倍、すり傷は12倍、火傷10倍、塩酸による傷では1.6倍の速さで吸収されることがわかった。一方すり傷の回復に伴なう吸収速度の変化をしらべたところ、14〜17日目で無傷と同程度まで回復し、たとえ小さなかさぶたでも残っておれば吸収が速いことなどがわかった。 2) ラット胎仔に対するトリチウムの影響を調べるため、妊娠7〜11日目に種々の濃度のトリチウム水を母体の腹腔内に1回投与、またはガンマ線を1回全身照射し、妊娠18日目に胎仔の検索を行なった。その結果妊娠9日目に最も高率に発生異常がみられたが、異常の種類はトリチウムとガンマ線で差がなかった。今後トリチウムシュミレーターを使ってガンマ線照射し、トリチウムのRBEを求める予定である。 3) 男性18例、女性17例の骨髄細胞CFU-Fに対するトリチウム水の効果を調べガンマ線に対するRBEを求めた。Dottでは1.3であったが低線量域では3以上のRBE値となった。 4) 1.5Gy以下の線量でトリチウム水とガンマ線のマウス3T3細胞に対する致死ならびに細胞癌化効果を比較してRBEを求めた。その結果、致死効果ではほぼ1、癌化作用では1.5の値が得られた。なおトリチウム水に混在する過酸化水素の影響を調べるためカタラーゼを加えてヒト骨髄細胞の致死効果ならびに3T3細胞癌化作用を調べたが、トリチウム単独の場合と差がなかった。
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