本研究は、1980年代に入って急速に進歩したオルガネラDNAの変異解析のための分子遺伝学的手法を用いて、種々の有用植物とそれらの近縁野生種にみられるオルガネラDNAの変異を解析し、その結果に基づいてこれら種属の系統関係並びに栽培種の起原を明らかにすることを目的としている。得られた成果の概要は次のとおりである。 1.制限酵素分析:(1)葉緑体DNAの分析-イネ科の4亜科7連に属する10種作物、オオムギ属の15種17系統、エンバク属の19種、及びサクラ属の11種について葉緑体DNAの制限酵素分析を行い、それぞれのグループ内における葉緑体ゲノムの変異とその類緑関係を明らかにした。葉緑体DNAの変異に基づいて作成した各分類群の系統樹は、従来の分類学的研究によって作成されている系統樹によく一致した。栽培オオムギとエンバクの祖先種、並びにソメイヨシノの母親の同定に成功した。 (2)ミトコンドリアDNAの分析-エギロプス属8種10系統及びエンバク属15種について分析した。両属において、葉緑体ゲノムに比べ、ミトコンドリアゲノムの進化速度がはるかに速いことが証明された。エギロプス属では細胞貭ゲノムの差異が、すべて葉緑体ゲノムとミトコンドリアゲノムの差異で説明できることがわかった。 2.葉緑体DNAの物理地図の作成:コムギ・エギロプス属、オオムギ属、エンバク属について葉緑体DNAの物理地図を作成した。さらに、制限酵素分析の結果と照合することにより、3属の種分化の過程で生じた葉緑体ゲノムの全突然変異の位置をこの物理地図上に特定できた。 3.制限断片のクローニング:コムギ・エギロプス属の進化の過程でもっとも多くの変異を生じた葉緑体DNAのB2領域を、4種の変異すべてについてクローニングし、詳細な物理地図を作成して変異の位置を特定した。また、パンコムギのミトコンドリアDNAの37Hind【III】断片のクローニングに成功し、rRNAをコードする断片の物理地図を作成した。
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