研究概要 |
本年度は,デザイン資料からは浮上しにくい19世紀英国の生活状況を小説を通して考察した。オ-スティンの『自負と偏見』やディケンズの『荒涼館』から,男性のビジネスに匹敵する家政(Household)が,近代国家制度における国政を等しく,近代家族制度を支えていたことが解読できる。『荒涼館』は,いわば住まいが主人公で,女主人の居なかった不揃いな屋敷がヒロインによって整えられてゆき,ついには二世,つまり第二の「荒涼館」を生みだすに至る。オ-スティンやディケンズの小説に登場する女性たちは,一体,何を典拠に家をしつらえていたか疑問が湧くが,実は多くのテキストが作成されていたのである。なかでも,ロイアル・アカデミ-の会長を努めチャ-ルズ・L・イ-ストレイクの『家政の趣味についてのヒント』(Hints on Household Taste1868)は広く読まれていた。彼自身のデザインには時代的な限界はあるが,実用性を価値の中心に据えることによってデザイン的な統一感を求めようとする点,バウハウスの機能主義から現代へとつながる視野を見い出すことも可能だ。家政のテキストは,男性から女性へと与えられただけではない。女性自身もまた論考を試みており,デザイナ-として評価の高かったウォルタ-・クレインの姉,ル-シ-・クレインの講演は,多くの聴衆を魅了したと言われる。講演集『芸術,そして趣味の形成』(Art,and the Formation of Taste 1882)は,如何にも質実な生活哲学を具えた英国婦人らしい内容である。家政が女性の仕事として論議された証拠は残っているが,だからと言って女性のすべてが家政に精通していたとは思えない。デザインが家政の中で大きな展開を見せたのは事実であったが,そのような在り方は、生活の哲学としてのデザインを考察してゆこうとする私たちの目に健全には映らない。食べること,着ること,住まうことは,家庭婦人の美徳である前に,生存の条件だからである。
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