研究課題
現地調査としては10月8日を中心とする奈良豆比古神社翁舞の調査、および1月14日の神戸市須磨区車の大歳神社の翁舞の調査を行った。本研究の主たる対象である奈良豆比古神社の翁舞の調査では、前年撮影もれの文書の撮影や、翁舞にいたるまでの諸準備の模様などに重点を置き、前年度調査のいっそうの補完を期した。前年の調査でほぼ把握されていた同翁舞の性格は、その結果、いよいよ明確になってきた。すなわち、奈良豆比古神社の翁舞は、江戸時代に南都(奈良)の薪猿楽や春日若宮祭において翁を専門に演じていた「年預」と呼ばれる役者の翁の系譜を引くものであることが確実になったと言える。年預というのは室町時代以前の猿楽座の宿老であり、翁を上演する特権を持っていた座衆の流れをくむ役者であり、江戸時代には四座の役者の一員として幕府から配当米の支給を受けていた。つまり、翁の担い手として最も正統的なのが年預なのであるが、奈良豆比古神社の翁舞は明らかにその年預の翁の系譜を引いているのである。そのことは今年度実施した神戸市の車の翁舞の調査によって、いっそう明確になった。車の翁舞はこれまでも年預系の翁と考えられていたが、調査の結果、詞章はもとより、その所作が酷似することが判明したのである。年預は近畿各地に分散して居住していて南都神事に奈良に結集していたのだが、それ以外にも近畿各地の小社の祭礼でも翁を奉納していたようである。奈良豆比古神社の翁舞も、そうした年預の活動の産物であることが考えられる。これらは民俗芸能の翁研究に重要な視点を提供することになろう。
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