研究実績の概要 |
本研究では、生命現象を動的な非平衡開放系として捉え、細胞を「自己制御する動的システム」として扱う非平衡統計力学からの普遍的アプローチ(アクティブマターの物理)の枠組みの中で、「疾患の物理学」という新分野を開拓する。申請者が確立した"Supported Membranes"という細胞表面の実空間モデルを駆使して、細胞およびその集団の時空間発展や自己秩序化現象を、非平衡物理学の視点から解明してきた。ここでは悪性上皮性腫瘍である胃腺癌に注目する。本年度は、これまでに進めてきた癌化の程度が低い2種の細胞種での実験に加え、癌化が更に進んだ2種の細胞種に注目した。安定な継代培養方法の確立に加え、サロゲート細胞モデル表面との接着面積の形態ダイナミクスと遊走の計測・解析を行った。Supported membrane表面上のカドヘリン密度を精密に制御し、癌細胞の接着と形状揺らぎ、遊走の時空間パターンに与える影響を定量解析した。さらに胃腺癌の転移に特有の化学誘導物質(ケモカイン)とされるCXCL12に着目し、溶液中のCXCL12濃度が細胞の接着やダイナミクスに及ぼす影響を定量解析した。 さらに反射干渉顕微鏡を用いたラベルフリーでの細胞接着測定の技術を展開し、超親水・低摩擦性ポリマーブラシとヒト赤血球の相互作用ポテンシャルを赤血球の高さ揺らぎから解析した結果、赤血球がラテックスビーズと比べてポリマーブラシ界面と非常に弱く拘束されていることを明らかにし、ポリマーブラシの生体適合性を実証した論文を発表した(Higaki, ...Tanaka, J. Phys. Chem. B(2017))。
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今後の研究の推進方策 |
申請者のグループが開発した圧力波装置(Yoshikawa, ...Tanaka et al., JACS (2011))を用いて異なる進行度の癌細胞の接着力を化学誘導物質の有無に応じて測定し、フローサイトメトリーを用いて細胞膜表面でEカドヘリン分子を認識するインテグリンの発現量の測定を行う。これにより癌化に従った細胞接着力の変化を分子的に裏づけ、摩擦を変数として細胞運動とモード転移を議論する。 この流れの中で申請者のグループでは、造血幹細胞のエネルギー散逸を形状揺らぎのパワースペクトル解析から明らかにし(Burk, ...Tanaka, Ho, Sci. Rep. (2015))、フーリエ変換した揺らぎ振幅の二乗平均を用いた解析(Ito, ...Tanaka, J. Phys. Chem. B (2015)、計画班・市川らとの共著論文)を行うなど、生細胞の形状揺らぎの解析手法を開発してきた。これらの研究で得られた成果を胃腺癌の実験データにも応用し、細胞運動と変形のダイナミクスを更に深く理解する。さらに細胞接着力や病態との相関を明らかにすることで、疾病における非平衡揺らぎとその進行に伴う対称性の破れを記述する包括的な枠組みを確立する。
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