研究領域 | ヒッグス粒子発見後の素粒子物理学の新展開~LHCによる真空と時空構造の解明~ |
研究課題/領域番号 |
17H05407
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
末原 大幹 九州大学, 理学研究院, 助教 (20508387)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | ILC / LGAD / 時間分解能 / PSD |
研究実績の概要 |
本研究は、アバランシェゲインを持つシリコン半導体検出器LGAD(Low Gain Avalanche Detector)の開発を行うものである。LGADを用いることで、従来不可能だった10ピコ秒に迫る時間分解能と、PSD(Position Sensitive Detector)方式による高い位置分解能を持つ新しいシリコン検出器システムが実現し、LHC実験のアップグレードで必要なパイルアップ事象を時間情報により分解する手法が実行可能となるとともに、次世代電子陽電子加速器計画であるILC実験においては、飛行時間法による陽子・K粒子・π粒子の分離に加え、高い位置・時間分解能を生かした五次元カロリメトリーによる革新的な事象再構成が実現できる。 国内においては、すでにATLASグループが浜松ホトニクス株式会社と協力してセンサーの開発・評価を進めているが、ゲインの非一様性などの問題に直面している。これは、主に増幅層が電荷収集部の直下にあることから生じる問題で、増幅層と電荷収集部を分離する「inverse-LGAD」方式により改善すると考えられる。本研究ではこのinverse-LGAD開発のため、まず小型のテストセンサーの評価・従来型の比較と、PSD方式の構造最適化のためまず通常のシリコンセンサーにおいて様々な構造のPSDを製作し、性能を比較して最適な構造を検討した。また、時間分解能・位置分解能の評価のため、高精度時間測定モジュールを導入するとともに、九州大学で評価を進めているSKIROC2シリーズのASICを用いてセンサーの評価をするためのセットアップを開発し、センサーを実際に接続して性能評価を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初の研究計画では、本年度からLGAD方式のセンサーを製作し、時間分解能の高いセンサーとPSDセンサーの同時評価を行う予定であったが、前例のないセンサー開発であることから浜松ホトニクス社側に製作上の困難が生じており、ひとまず従来型のセンサー技術を用いてPSD技術の検証・最適化を行うとともに、小型のLGADサンプルを用いてinverse-LGAD方式の放射線検出における性能評価と通常タイプとの比較を重点的に行うことになった。PSD製作は従来型のセンサーではあるが、センサーの厚みを従来のものより約2倍に増やすことで性能向上を果たし、従来困難であったMIP(最小電離粒子)での位置測定が可能なセンサーの製作に成功した。また、新たに導入したより高い抵抗値が得られる抵抗レイヤーを用いると、位置分離の性能がより向上することが示せた。一方、製作した構造の一部は正しく性能を得るため改善が必要であることも判明した。LGADの製作、評価においては、様々な仕様の小型LGADセンサーを製作・調達するとともに、ASIC評価基板に接続するための機構を新たに開発し、inverse-LGADセンサーを接続してガンマ線源、ベータ線源を用いて性能評価を行った。これらの結果を比較することで、inverse-LGADタイプでもある程度の有感層が得られ、放射線の信号もアバランシェ増幅により検出可能であることを示した。 上記の方針変更により製作スケジュールに遅れが生じたが、繰り越し分も含めれば当初の研究計画と同等の進捗が得られ、時間分解能・位置分解能に優れたLGADタイプのシリコン検出器開発において大きく前進したと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
inverse-LGADと通常タイプのLGADの性能の比較をさらに詳細に行う。ゲイン特性、時間分解能と印加電圧の関係、ゲインの一様性などについて、ビームテストを含めた評価を行う。またPSDタイプについて、これまでのレーザーを用いた位置分解能評価に加えて、ビームを用いた評価も行う。ビームテストでは数レイヤを貫通するようにセンサーを配置する必要があり、そのために多段にスタックできる読み出し装置を開発する。また、ビームテストにおいては環境からの電磁波ノイズ等も大きいため、測定装置全体を覆う金属シールドの設計・製作などのノイズ対策も行う。 これらの結果を踏まえて、複数セルを持つLGADの設計・製作を行う。このLGADはILCのECAL読み出しプロトタイプと概ね互換な設計とし、従来型のシリコンセンサーと同等のシステムでビーム試験を行い、同時にビームテストを行って、性能を比較できるようにするとともに、ILCへの組み込みも見据えたものとする。ILCのECALプロトタイプの製作を行う環境はすでに揃っており実績もあるため、比較的簡易な変更でLGADのプロトタイプの製作にも対応できる。この製作と合わせて、ストリップタイプのLGADも製作し、専用ボードを設計してストリップタイプの性能評価も行う。ストリップタイプのLGADの接続には、保有する自動ワイヤーボンダー等を用いることができる。これらの結果をまとめ、LGADのILC等への応用の可能性を具体的に検証し、測定器設計への反映を目指す。
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